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 で、件の哉人はと言えば。
 いつもの格好に顔の半分を覆うサングラスという何とも怪しい格好で、翔を
伴って裏路地を歩いていた。
「哉人? ここ、明らかに電化製品買える雰囲気じゃないんですけど……」
「大丈夫だよ」
「明らかに裏通りなんですけど……」
「いいから」
 哉人は大股にずかずかと裏通りを歩き、翔は少し後から早足で追いかける。
 さっきから、それの繰り返しだった。
 最初、翔は普通の家電量販店でパソコンのパーツと、軍事品店で専門分野の
パーツを買うつもりでいた。ところが哉人が「1件で2つとも手に入る場所が
ある」と言い出したので、彼についていくことにしたのだ。
 ところが、哉人は表通りを離れて、裏通りを歩き出した。角をいくつも曲がっ
て今に至る。
「哉人?」
「大丈夫だったら。お坊ちゃん育ちはこれだから」
「育ちとかそういう問題じゃなくって……」
「ほら、ついた」
 哉人が足を止める。
 その目の前にあったのは、崩れかけたようなコンクリートの建物だった。扉
だけががっしりとした銅製で、黒光りするそれはやたらと目立つ。
 哉人がノッカーを使ってドアを叩く。と、ポストの部分が開いて、中から目
が覗いた。
「誰だ?」
「忘れたとは言わせないぜ」
 言って、哉人がかけていたサングラスを外す。
 光の反射で微妙に色を変える蒼の瞳が、路地の暗がりに淡く光っていた。
「バズ、か?!」
「そーゆうこと。とっとと開けた開けた」
 錆びた音がして扉が開く。中はごたごたと箱が積まれた倉庫のような感じだっ
た。入り口付近の机の前に無精髭だらけの男が立っている。この人物が扉を開
けたのだろう。
 哉人はためらうことなく中に入って行って手当たり次第に箱を漁り始めたの
だが、翔の方は扉の前で呆然としている。
「おや、可愛いお嬢さんじゃないか。バズのコレか?」
 無精髭の男が翔に向かって小指を立てて見せる。
 露骨に顔をしかめた翔に、哉人がくくっと喉の奥で笑って。
「ライト・ライド。そいつ、お嬢さんじゃなくてお坊ちゃん」
「ってことは、バズ、お前宗旨替えしたのか? しばらく見ないと思ってたら」
「してねぇよ」
 喉の奥で皮肉めいた笑いを続けながら、哉人が翔に言う。
「翔。ここはお前の行きつけの店とは違ってセルフサービスだから。欲しいも
のは自分でこの中から探せよ」
「この中……から?」
 翔はざっと倉庫の中を見回した。札の貼られた箱がそれこそ数十個単位でご
ろごろしている。
「お嬢ちゃん。何だったら1箱丸ごとあげようか? 今晩相手してくれればそ
れでいいよ」
 店主が露骨に舌なめずりして、太い汚れた指を翔の肩にかける。
「……いえ。エンリョしときます」
 それをやんわりと振りほどいて。
「ライト・ライドこそ宗旨替えしてんじゃないか」
「はは。そっちの斡旋もしてるんだよ。需要が多くてな」
 2人の笑い声を背後で聞きながら、翔は自分の目当てのパーツを探してラベ
ルをチェックし始めた。
 店の雰囲気からして翔は期待していなかったのだが、普通の店で手に入れる
よりもっと凄いものがここにはあちこちにあった。古びているかと思えば、真
新しいものがあったり。
 気がつけば、翔はすっかり店のとりこになっていた。
「翔。そろそろ行くぞ」
「あ。はい」
 哉人も両手に山のように部品を抱えている。
「でもち……じゃなくてバズ。これって値札ついてないんだけど」
「いいから」
 哉人は入り口のテーブルまで行くと、その部品をテーブルに全部広げて交渉
を始めた。
「これだけ買うから298でどうだ?」
「冗談。いくら最近顔見せてなかったからって、398はかたいね」
「じゃ、これとこれを外して298は?」
「待てよ。そこに残ってるパーツは最新型だろ。それだけで10エオローは硬
いんだからそれは外せ」
 哉人は手馴れた口調で交渉をはじめた。
 どうやら、こういうスタイルの店らしい。
「やだね。だったらこっちを外して、代わりにさっきはずしたのを全部つけろ」
「ったく、しょうがない奴だよな。久しぶりに顔見せたんだからそのへんはま
あ、負けてやらんこともない」
「マジ?」
「その代わり、お嬢ちゃんの交渉に一切関わってくれるなよ」
「……翔。気張れよ」
 哉人が自分の欲しい商品を言い値で手にして、ぽんと翔の腕を叩く。
「えっ?」
 翔だって多少交渉の知識はある。データを使ってならいくらだってやってみ
せる。
 が、勝手が違いすぎた。
「えっと、これは市場価格が38だから中古で……」
「市場価格? そんなん言ってちゃ始まらないぜ、お嬢ちゃん」
 始終こんな調子で、思っていた値とだいぶ違いが生じてしまった。
「これでバズと差し引き0ってとこか。手打ちにしといてやるよ」
「初心者にしては頑張ったほうでない?」
「ただの顔がいいお嬢ちゃんだと思ってたけど、なかなかこっちもキレるお嬢
ちゃんじゃないか」
 無精髭の店主が指をピストルの形にして翔の頭につきつけ、笑う。
「本気でお相手願いたいね。お嬢ちゃんならいい稼ぎが出来るよ」
「……謹んでエンリョします」
「ライト・ライドは誰にでもそう言うんだよな。で、だいたいは沈めちまうん
だろ」
「そこまで悪じゃねぇよ。せいぜい半分だ。そっちこそいっちょまえにタメ口
利ける身分になりやがって」
 哉人はにやにや笑っていたのだが、やがて手にしていたサングラスをかけ直
した。
「んじゃ、行くわ」
「また顔見せろよ」
「気が向いたらな」
 哉人が銅の扉を開ける。
 その時、子供が何人か、勢いよく店の中に入ってきた。
 いずれもボロを纏った、10歳に満たない子供だ。薄汚れた顔で、手にはそ
れぞれ機械部品らしいものを大切そうに握っていた。
「おじちゃん、パーツ拾ってきたよ!」
 真ん中にいた、汚れだらけの顔の女の子が元気に言う。
「おう。それじゃ、見せてくれ」
 無精髭の店主は汚れた床に膝をついて子供達と視線を合わせると、彼らが持っ
ていた品物を物色しはじめた。
「うーん……このネジとこのネジで1フェオだな」
「えー。前のネジには1コで5フェオくれたのに」
「あれはボルトがあっただろ。それより、メイならもっと儲かるクチがあるん
だが、乗らないか?」
「ねえ。それより、こっちは?」
 女の子の横にいた、少し年かさの男の子が手にしていた物を床にぶちまける。
 それは機械を扱う翔ならわかる、どんな機械を組んでも要となる重要な部品
だった。
 が、店主がつけた値段はたったの20フェオだった。
「これが妥当な値段だな」
「わーいっ」
「おにいちゃん、凄いっ!」
「今日はパンも手に入ったし、当分食べ物には困らないな」
 普通の家電量販店に行けば間違いなく数倍の値段で取り引されて当然のもの
だ。
 なのに、子供たちは喜んでいる。騙されているのに。
「ちょっ……」
「翔」
 口を出しかけた翔の腕をつかんで、哉人が店の外に引っ張り出す。
「でもっ」
「いいから」
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