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「ヤバ。遅くなった」
 午前の業務が少し長引いてしまったシエルは、バランスを崩しそうになるの
をこらえてPC本部の廊下を走っていた。
 病院勤務で、PCの建物に詳しくないアテネを連れて行く約束をしたのだ。
 待ち合わせはPCの正門。唯美たちとはMrの執務室の前で合流するという
打ち合わせになっている。
「えっと、アテネ、アテネは……っと」
 昼食を外で食べる人もいるから、正門前にはそれなりに人が出ている。しば
らくして、シエルは正門に寄りかかるようにして立っている、ふわふわのプラ
チナブロンドをした少女を見つけた。
「アテネ」
「お兄ちゃん!」
 呼び声に気づいて、アテネがぱっと笑顔になる。そのまま、人ごみを器用に
すり抜けてシエルに飛びついて来た。
「わーい、お兄ちゃんっ」
「迷わなかったか?」
「うん。一本道だったから」
「じゃ、行くか。あいつら待ってるかもしんないからな」
 シエルはアテネと並んで建物の中へ歩きだした。
「Mr.PEACEの執務室ってどこにあるの?」
「調査部の建物の一番奥だな。オレ公共部だから、あんまり行かないんだけど」
「唯美ちゃんたちは場所知ってるの?」
「あいつら調査部だから」
 PC本部は本館と、公共部が使っているA館、調査部が使っているB館とC
館、自衛団が使っているD館の5つの建物で構成されている。
 本館は誰でも自由に入れるようになっているのだが、他の建物にはPCの職
員以外入ることができない。
 本館の案内所で聞けばMr.PEACEの執務室は本館にあると答えが返っ
てくるのだが、それは表向きの執務室である。
 NONETが出入りするのは裏向きの執務室。そこはC館の最上階、最奥部
にある。
 渡り廊下を過ぎ、階段を上る。目当てのフロアにはほとんど人がいなかった。
「あれ、こっちって行き止まりじゃないの?」
「そう見えるだけなんだよ」
 突き当たりに見えた角を曲がる。と、そこはいきなり階段になっていて、唯
美、哉人、封隼の3人がそれぞれ段に腰掛けていた。
「遅い」
 哉人が一言。
「悪ィ。午前の業務長引いたんだ」
「そろったところで、さっさと終わらせましょ」
 唯美が言って、ドアを叩く。
「はい」
 ドアが開いて、長い真っすぐな銀髪を後ろで束ねた青年が姿を見せた。
「シエルくん、哉人くん、唯美ちゃん。それから封隼くんですね?」
「いや、後1人です」
 言って、シエルは自分の陰に隠れるようにしていたアテネの頭を押さえた。
「その子は?」
「アテネ。オレの妹。『NONET』に入りたいっていってます」
「? とりあえず、どうぞ」
 ユーリが5人を中に通す。
 3方向を本棚に囲まれた部屋。台形の出窓から、気持ちよく晴れた空が見え
た。
 その空を背景に、Mr.PEACEが自分の机に座っている。
 茶髪の、威風堂々としたスーツ姿の男性。
 彼は書類から目をあげると、じっと5人の目をみつめた。
 心の奥底まで見透かそうとするかのように。
「……?」
「その子は?」
「アテネ」
 シエルに促されて、アテネがおずおずと兄の陰から一歩前に出る。
「はじめまして。アテネ=アルパインといいます」
 ぺこりと、一礼。
「『NONET』に入りたいんです」
「……マスターなのか?」
「はい」
 アテネはポケットから、翔に書いてもらった書類を取り出してユーリに渡し
た。
「どうだ? ユーリ」
「翔くんの見解としてはなかなかユニークな能力者ということになっています
ね。しかし、これ以上メンバーを増やすのはどうでしょう」
「9人も10人もいまさら変わらんさ。
 ユーリ、この子にも契約書類を出してやってくれ」
「わかりました」
 ユーリがそう言って、自分のデスクに書類を取りに行く。
 アテネは嬉しそうに笑うと、陰で兄の手をぎゅっと握った。
「それでは、契約を更新しましょうか。昼休みは時間が限られてますからね」
 書類を持ったユーリが、5人の前に立つ。
「シエル=アルパイン」
 シエルはまとわりついていたフリースの右袖を払い、背筋を伸ばす。
「琴南哉人」
 斜に構えていた哉人は、姿勢を正してバンダナを取った。
「隼唯美」
 唯美も帽子を取る。思いのほか長い黒髪が、こぼれて背中を覆う。
「海封隼」
 封隼は直立不動だった。
「アテネ=アルパイン」
 アテネはシエルの横から少し離れて、真っすぐに見つめる。
「君たち5人を『NONET』とします」
「はい」
 椅子にかけたまま、Mrが言った。
「『永遠の誓い』にかけて、我々は『NONET』を補佐する。
 代償として、『NONET』には我々の手駒となってもらう」
 シンと、部屋に静寂が降りる。
 少し後で、代表してシエルが口を開いた。
「僕達は貴方に従います。平和姫の『永遠の誓い』にかけて」
「……承知」
 Mrは緩く笑った。
「もう行くといい」
「はい。それじゃ」
 言って、5人は部屋を出た。
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