「いやあっっ!!」 絵麻が絶叫し、アテネを突き飛ばしたからである。 「きゃあっ!」 アテネの体が壁にぶつかる。 同時にペンダントが飛んで、コトンと音をたてて床に落ちた。 「絵麻?!」 「どうしたの?」 みんなが視線を向けてくる。 (わたし……怖い……!) 自分で自分を抱くように肩を押さえ、身を震わせる。 「こないで……こないで」 口から出るのは、幼子のようにしゃくりあげる言葉。 「お願いだから……わたしのそばにこないで……」 そのまま力が抜けて、絵麻はぺたりと床に崩れ落ちた。 「絵麻? 一体どうしたのさ」 唯美がわけがわからないといった顔で近づこうとする。 「絵麻ちゃん……?」 同じく、わけもわからずに突き飛ばされたアテネは完全に傷ついた顔だ。 「絵麻……」 リョウとリリィの2人は困ったように顔を見合わせた。 2人にはおおよその見当がつく。 「・・・・・・・・・・・・」 「ううん。たぶんリリィは止めたほうがいい。絵麻、立てる?」 リョウが絵麻を立たせようとしたのだが、絵麻は彼女の顔を見るなり表情を くしゃくしゃに歪めた。 この人は、姉と同じ年頃……。 忘れていた恐怖感がよみがえり、絵麻は逃れるようにずるずると後ずさった。 (そうだ……わたし、お姉さんが怖かったんだ……) 背中が机にあたっても、無理やりに背後へ体を押しつける。 「こないで……お願いだからもう何もしないで。殺さないで……」 「あたしでもダメか」 リョウが困ったように頭に手をやった時だった。 「リョウ? 何かあったのか?」 「悲鳴がしたけど……」 部屋の入り口に、少年3人が顔をのぞかせた。 「お兄ちゃん」 ひとりはシエルで、彼の姿を認めたアテネがすがりつく。 「どうした? なんかあったのか?」 「絵麻ちゃんが……」 「絵麻がどうしたの?」 アテネに聞いたのは、シエルと連れ立ってきた少年のうちの1人だった。 青がかった黒髪。深い茶色の目は優しげで、どこか女性的な面立ちをしてい る。 彼をかろうじて男性にみせているのは長身であることだが、その時彼は膝を 折って、アテネと同じ視線にあわせていた。 「ペンダントかけてあげようとしたら……絵麻ちゃんが急にアテネのこと突き 飛ばして」 「ええっ?!」 「そりゃまたむごいことを……」 言ったのは、最後に残っていた青年。 風変わりなこげ茶色の髪と瞳。左耳に赤い石と、フープのピアスとをつけて いる。シャツとジーンズを無造作に着ていて、さっきの少年よりも長身だった。 「信也」 青年――信也はリョウの部屋に入ると、部屋の主と顔を見合わせた。 「たぶん、思い出して錯乱してるんだと思う……あたしじゃ立たせることもで きなくって」 リョウが状況を説明する。 「落ち着かせてやるのがいちばんだよな」 「うん。そうなんだけど、あたし達が近づくと余計に錯乱しちゃうのよ」 「僕がやるよ」 話を聞いていた少年――翔が部屋に入ると、絵麻の側に膝をついた。 「こないで……」 「絵麻。ここには誰も君に危害を加えようって人はいないよ」 ゆっくりと、静かに話しかける。 「こないで! わたしを殺さないで……!!」 絵麻はついに涙をこぼして泣きはじめた。 「殺さないよ」 翔がそっと手を伸ばして、焼けた指先で涙をぬぐう。その手の思いがけない 熱さに、絵麻は反射的に顔を上げる。 優しい深い色の目が、絵麻をじっとみつめていた。 「ここには怖いものは何もないよ」 「……本当に?」 「信じて」 優しく、そして強い調子で言われたときに、絵麻の中で何かがぷつりと切れ た。 前のめりに倒れる体を、翔の腕が受け止める。 「絵麻?」 「気を失った……のかな。リョウ、診てくれる?」 「はいはい」 リョウがあわててかけより、呼吸や脈拍などをあれこれ調べる。 「うん。パニック状態が解けて失神したみたい」 「……何がどうなってこうなるわけ?」 唯美やシエルは何が起きているのかわからず、遠まきにして見ていた。 「お前ら、事情知らなかったっけ?」 「へ?」 「信也、何か知ってるの?」 信也はがりがりと頭をかいてから。 「ああ。えっと……絵麻のお祖母さんの形見のペンダントが首を絞めてきたん だったっけ?」 「え?」 「違った?」 「……絶対違うと思う」 「そのペンダント、動くの?!」 アテネが床に転がった青い石のペンダントを気味悪そうに眺める。 「信じるな信じるな」 シエルがあわてて妹の頭を軽くこずいた。 「唯美とシエルは知らないんだっけ?」 リョウに助けてもらって、ぐったりした絵麻の体を肩にかついだ翔が聞く。 「知らないわよ」 「だいたい、何を知らないのかもよくわかんねーんだけど」 「じゃ、僕は絵麻を寝かせてくるから、先にリビング行ってて。説明しといた ほうがいいと思うから」 翔は言うと、心配そうにしていたリリィと一緒に絵麻を連れて部屋を出て行っ た。自分の部屋に彼女を寝かせてこようと思ったのだ。 「あたし、これ片付けてから行くから先に行ってて」 リョウが引き出しをかかえて4人を促す。 5分後には、階下のリビングに絵麻以外の9人が顔をそろえていた。