第8寮のリビングに、通信機の鋭い呼び出し音が鳴った。 「あ、無事終了の連絡かな」 翔が手を伸ばす。 「その音、なんかうるさくない? 非常事態って感じであたしはヤだな」 「じゃ、オルゴールにでも変えるか?」 絵麻が焼いていったパンをかじりながら、信也。 「ノンキすぎない?」 2人のやり取りにつっこんでから、翔は通信に出た。 「受信しました。第8寮で……」 『翔!! 助けて!!』 受信機の向こうからは、外部スピーカーをONにしないでも余裕で周りに聞 こえる大音響。 「絵麻?!」 どうやら任務完了報告ではないらしい。 翔は受信機を持ち直した。 「絵麻、どうしたの? 何かあったの?!」 『助けて! アテネちゃんが薬飲まされて、シエルがつかまって、唯美たちと ははぐれちゃって……』 「落ち着いて。順番に話してくれる?」 『庭に貴族がいたの! アテネちゃんがシエルに会いたくないから殺してくれっ て言ってたって言って、それでシエルはつかまっちゃって、わたしは唯美がテ レポートしてくれて屋敷の中に逃げ込めたんだけど、そこでアテネちゃんが薬 飲まされてて……。 お願い、早くこっちに来て。武装兵がたくさんいるの!』 「武装兵が、たくさん……」 『それにアテネちゃんを早くリョウに診せないと死んじゃうよ!!』 絵麻の声が悲鳴に近かったので、翔はつとめて冷静になろうとした。 「絵麻、絵麻落ち着いて。シエルがつかまってるんだね? 唯美と哉人もつか まったのか?」 『わかんない……わたしはすぐに飛ばされたから』 「じゃあ、僕らはすぐに行くから。そこで待っていて? 絶対にすぐ行くから。 焦って唯美達を探したりしなくていいから。じっとしているんだよ?」 『うん……』 「大丈夫。大丈夫だからね」 翔は安心させるように繰り返すと、通信を切った。 「翔」 聞こえていたのだろう。信也が真剣な顔をしている。 「手違いがあったみたいで、シエルがつかまってるんだって」 「聞こえてた。かなり説明あやふやだったけどな」 「薬を飲まされたって本当? 何の薬なの?」 リョウが不安そうな目をしている。 「早く診てあげないと……」 「わかってる。けど、行く方法がないんだよ」 「あ」 移動担当の唯美は出かけたままだ。リターンボールは指定した場所にしか移 動できない。 「どうしよう……」 思わず、翔はリリィと目を見合わせる。 その時、黙ってソファに座っていた封隼がよろよろと立ち上がった。 「おれがやる」 「え?」 「お前、できるの?」 「おれの姉さんが誰だか、忘れてない?」 そう言って、封隼が小さく笑う。 「確かに、君と唯美とは姉弟だけど……」 唯美の瞬間移動能力はパワーストーンの能力ではない。唯美が血をひく東方 の特殊能力部族『隼』の超能力だ。 唯美の実弟で、同じ血をひく封隼が使えても不思議はない。 「・・」 リリィが封隼の袖をひく。 パワーストーンの能力が精神面を消耗するのと対照的に、古い一族に見られ る超能力の類いは体力を直に削り取る。 封隼はようやくリョウから、第8寮の中なら歩き回ってもいいと許しが出た ばかりだ。 「兄弟が、危ないんだろ」 封隼は自分を見ている4人を真っすぐにみつめて言った。 「手遅れになる前に助けないと」 封隼が言うと重みのある言葉だ。 彼は真剣な面差しで言った。 「あっちには……姉さんだっているんだ。だから、おれにやらせてくれ。失敗 はしない」 「わかった。任せる」 「信也!」 翔とリョウがとがめるように声をあげたのだが。 「他に手段がないし、早くしないとそれだけ絵麻もシエルも、アテネも危なく なる」 「……じゃ、任せた。ムリしないでね?」 「体のどこかに触っていてくれるか? おれは唯美……姉さんみたいに簡単に はテレポートできないんだ」 「あ……はい」 リョウが封隼の腕に触れる。 リリィが袖をひいていた方の腕を翔が取り、信也がパンを置いてリョウと同 じ方の腕に触れようとしたのだが、それをリョウが止めた。 「あ、信也待って」 「何?」 「そのパン、持って行ってくれる?」 「何で?」 「いいから。必要になるかもしれない」 「わかった」 解せない表情ながらも、信也が片手にパンを持った状態で封隼の腕を取る。 「いくぞ……」 封隼が目を閉じ、意識を集中させる。 はじめは何も起こらなかった。 けれど、次第に光がわきあがり、それが直視できないくらいにまぶしい輝き になった時、5人の姿は第8寮から消えていた。