翌日。 「さて……と」 絵麻は朝食の片付けを終えると、各自の個室の掃除をはじめた。 昨夜は存分に眠ったので、体調の方は完全回復している。 心の寂しさはそのままだったが。 お金の魅力というのが、絵麻にはわからない。 貧しい暮らしをしたことがないからかもしれない。 絵麻の周りにはいつだって欲しいものがあったし、着る服も食べる物も充分 にあった。 お金に執着して、その身を売ったのだというアテネ。 育てられた家族の元を、そんなにあっさりと離れられるのだろうか? そして、シエル。 偶然再会した妹を、彼は冷たく突き放した。 金のない、汚い平民の自分に用はないだろう……と。 貴族だってそう。 お金にものを言わせて北部の子供を買い取って、人形みたいに欲しいままに 弄んでいる。 そのお金を得るために、武装集団とだって通じてみせる。 どうして、お金にこだわるの? それが、絵麻にはわからなかった。 「翔の部屋は後回しでいいよね」 散らかっている部屋は後回しにすることにしている。そのほうが効率がいい からで、自然と翔やリョウといったメンバーの部屋が後回し組の指定席になり つつある。 「信也は今日はいいって言ってたから、その正面の部屋……」 言葉が止まる。 正面の部屋の主はシエルである。 掃除をするなとは言われていないし、今朝、掃除するから嫌な人は言ってね と声をかけた時に彼はいた。 「……どうしよう」 昨日の一件があるせいで、なんとなく入りずらい。 結局、絵麻は彼の部屋の掃除を一番最後に回すことにした。 各自の部屋を整頓し、1人きりの昼食をとり、午後から翔の部屋にとりかか る。これがまた派手に散らかされていて、絵麻はそこで2時間ほど費やしてし まった。 「いけない。シエルの部屋がまだ……」 そろそろみんながPCから戻ってくる時間だ。 絵麻はあわててシエルの部屋に入った。 間取りは正面にある信也と翔の部屋を反対にした感じだ。ベッドに机に椅子、 チェストといった基本的な家具も変わらない。 部屋の主の雰囲気が出ているとすれば、部屋の上半分がやけにさっぱりして いるのに対して、下半分に荷物が詰め込まれている点だろう。 前に棚に直そうかと提案して、シエルに怒られたことがあった。 『重い物が棚の上にあると扱えねーんだ』と。 だから、シエルの部屋は机やベッドの上に普段使いの物が転がっていたりし て、全体的にごちゃごちゃとしている。 絵麻はそれらを器用によけながら床を拭き、ベッドカバーを整える。 と、持ち上げた枕の下から、何かが床に転がり落ちた。 「?」 ベッドの下に入ったそれは、薄い冊子のようだった。 寝物語に読んでいたのだろうか? 絵麻はそれを拾いあげ、何も書かれていないことを認めると裏返す。 薄くて硬い冊子だ。表紙には大きな飾り文字と、ペンで書かれた誰かの名前。 「えっと……Aア……ルパイ……ン。A=アルパイン様」 それは、絵麻が知っているあるものにとてもよく似ていた。 「これって?!」 思わず表紙を開く。そこは予想どおり表になっていて、規則正しく数字がつ らねられていた。 「やっぱり。預金通帳だ」 見てみると、かなりの額がそこに納められている。預金らしき最初の日付は 4年前になっていた。 最初のころの入金はごく少ない金額だったが、途中からケタ違いに入金され ている。最後の日付はこの前絵麻が『NONET』の報酬をもらったのと全く 同じ日付だ。 「A=アルパインって……」 A=Athene。 「これ、アテネちゃん名義の預金通帳?!」 絵麻はあやうく通帳を取り落とすところだった。 入金者はシエルでまず間違いない。彼は自分の稼ぎをすべて、妹名義にして 貯金していたのだ。 どうして? お金のせいで裏切ったといって嫌う妹に、どうしてそこまでしてあげるの? その時だった。 「絵麻? 何やって……」 戸口に、帰って来たばかりらしいシエルの姿が立った。