孤児達もざわめきはじめる。 「唯美姉ちゃん、何かヘンだよ」 「どうしちゃったの?」 「……」 唯美は口をつぐんで、答えようとしない。 絵麻は思わずシエルと目を見合わせた。 (えっと……えっと……どうしよう) 救いの手は意外なところから現れた。 「みんなで集まって、何やってるんだ?」 振り向いた視線の向こうに、鳶色の長髪にバンダナをかぶせた少年の姿があ る。 「哉人兄ちゃん」 「あのね、唯美お姉ちゃんが……」 孤児の言葉を、哉人は最後まで言わせなかった。 「新しいヨーヨーの技考えたんだけど、見るか?」 「見る!」 この提案に、主に男の子がぱっと顔を輝かせる。 「じゃ、庭の方に来な。ここだと危ないから」 子供達がざわざわと場所を移動していく。ヨーヨーに興味のない女の子も、 覇気のない唯美を見ているよりは空をまるで生き物のように舞うヨーヨーを見 るほうが面白いと判断したようだ。 ほどなくして、孤児院の入り口にはふたたび4人だけが取り残された。 「唯美?」 「……」 唯美は口をかたく閉ざしたままで、漆黒の瞳がずっと地面を見つめている。 「ねえ、どうしたの? おなか痛いの? 心配事があるの?」 『心配事』という単語に唯美はためらうように肩を震わせたが、やがてぽつ りと呟いた。 「封隼のこと」 「封隼がどうかした?」 「知ってる? アイツが熱出してるの」 「……」 絵麻ははっと目を見張る。いつ気がついたのだろう? 「アイツ、アタシには何も言ってくれなかった」 唯美の声はどこか怒っているようだった。 「昨日だって、大丈夫だって言ってたのに。明日には歩けるようになるからっ て、そう言ってたのに……」 漆黒の瞳が悲しげに曇る。 「きっと、アタシのこと怖いんだ。弱みを見せたら、また切りかかられるって 思ってるんだ……」 「唯美」 ──傷ついたのは封隼だけじゃない。 絵麻はその時、はっきりと思い知ったように感じた。 唯美も同じ。唯美も傷ついてる。 封隼がケガをしたのと同じように、唯美も心に傷をおっている。 ひょっとしたら、一生直ることのないかもしれない深手を……。 「何言ってるんだよ」 沈黙を破ったのは、明るいシエルの声だった。 「シエル?」 場違いな明るさに、絵麻はぎょっとする。 「封隼は、お前に心配させたくないだけだよ。それで黙ってんだ」 「嘘!」 唯美はぶんぶんと首を振った。 「そんなはずない。そんなはず……」 「お前は、自分の弟を信じてやれないわけ?」 明るい声が真剣味を帯びる。 「封隼はお前のたった1人の弟だろ。だったら信じてろ」 「そうだよ」 絵麻も加勢する。 「ほら、封隼って不器用じゃない? 自分の気持ち、うまく言えないだけだよ」 「……」 唯美は相変わらず黙ったままだったが、悲しげだった瞳は光を取り戻しはじ めている。 「お前は『姉さん』だろ? 姉さんなら、年下の兄弟守ってやらなきゃ」 「いくら血のつながったお姉さんでも、あっちはそう思ってないかも……」 「そうか?」 シエルは話がわからずにきょとんとしていたディーンの髪をくしゃっと撫ぜ る。 「お前のことを『姉ちゃん』って慕ってくれる相手が、ここにこんなにいるの に?」 シエルの青い瞳は、孤児院の前庭で遊ぶ子供達に注目している。 「……」 「ディーン。お前にだって、唯美は姉ちゃんだろ?」 「うん!」 話に加われるとばかり、ディーンが元気よく頷いた。 「唯美姉ちゃんも絵麻姉ちゃんもおれの姉ちゃんだよ。シエル兄ちゃんと哉人 兄ちゃんもおれの兄ちゃん!」 「嬉しいこと言ってくれんじゃん」 シエルの片方だけの手が、ディーンの髪をぐしゃぐしゃにもつれさせる。 「ありがとな」