少女の名前は深川絵麻。 この孤児院兼教会の近所にある、PC第8寮の寮監をしている。 といっても、監視しているのは寮の住人たちではなく家事。料理を作ったり、 掃除や洗濯をしてささやかな日々の生計をたてている。 たまに孤児院を訪れ、子供達にお菓子や果物をさし入れしてくれる。また、 暖かい時期は農園の面倒も見てくれていた。 元々のエヴァーピースの住人ではなく、別の地方から流れてきたらしい。家 族を失って途方にくれているところを第8寮の住人である翔が拾い、上司であ るMr.PEACEにかけあって第8寮に職と住む場所をみつけたのだ、と。 表向きはそういうことになっている。 しかし、実際は違う。 絵麻はこの世界――ガイアの人間ではない。 日本の神奈川県に住む普通(?)の高校生だった彼女は、ある日姉とケンカ になった。 姉は絵麻の首をケンカの原因となったペンダントで絞め……絵麻を殺した。 それで絵麻の人生は終わったはずだった。 気がつくと、絵麻はガイアの、翔の上に落ちて来ていた。その時の不慮の事 態から第8寮に居候することになり、さらに能力者だったことからPCの非合 法部隊『NONET』に加わることになったのである。 第8寮の住人はみんな『NONET』のメンバーである。PCで表向きの仕 事をする傍らで戦場に出向き、敵を屠る。絵麻だって例外じゃない。 でも、それはすべて裏向きの顔。 「シスターはどこにいらっしゃるの?」 絵麻がフォルテに聞くと、彼女はこう答えた。 「あのね、お客さんが来てるの。だからフォルテたちは外で遊んでなさいって」 「お客さん?」 「ディーンの新しいお父さんになる人だよ、ね?」 「ディーンに養子の話が来てるの?」 ディーン=フェイバリットは孤児院きってのいたずら坊主だ。第8寮のシエ ルと同じプラチナブロンドに青い目をした北部人で、子供達の間にガキ大将の ような感じで君臨している。 そういえば、今日は姿を見ていなかった。お菓子ときけばいちばんに寄って 来る子なのに。 養子の話が来るのはいいことだ。ここの院長であるシスター・パットは優し いいい人だが、足が不自由だし、何より50人近くいる子供達全員の母親になっ てやることはできないのだから。 「よかったじゃない」 「うん。よかったよ」 「……」 絵麻とフォルテは喜んだのだが、周りの子供達は暗い顔だ。 「みんなどうしたの?」 絵麻は傍らにいた黒髪の孤児──ケネスにきいてみた。 ケネスはディーンの弟分で、年はディーンより2つ下。おとなしい性質の子 なのだが、活動的なディーンによくなついてついていっている。反面でケガす ることも多く、シスターやメアリー、そして今はもういなくなったカノンの手 を患わせていた。 「貴族が来てるんだ」 「貴族?」 あがった単語に、絵麻は原因はこれかと僅かに眉をよせる。 「すっごく太ってたよね」 「僕らのこと、蹴るマネするんだよ」 「お前らの汚い手で触られたら服が汚れるって。今日は泥遊びしてないのに」 貴族。 武装集団が巣くう北部から離れ、中央東部、中央西部、中央南部、中央北部 の中央4部に囲まれた安全な中央首都に住まう一部の特権階級。 金髪蒼眼。金髪が輝けば輝くほど、瞳の蒼が宝石のようであればあるほど純 血の貴族で身分が高いとされている。彼らは人々から多額の税を取り立て、そ のお金を使って贅沢三昧に遊び暮らしているのだという。 政治などは王とその周りの一握りの貴族が決定権を持っている。たまに公開 される議会の決定内容といえば新しい取税法のことばかり。 貴族の子弟を中心とした近衛師団も存在するが、儀礼中心のためまったくもっ て戦力にはならない。 「貴族が、なんでこんなところに……」 その時だった。 建物の中からガシャンと何かがひっくり返る音がし、続いて男の怒鳴る声が 聞こえて来た。 「なんたることだ! ここでは貴族を侮辱するのか!!」 破れ鐘のような怖い声に、フォルテがぎゅっと絵麻の手にすがりつく。 「落ち着いてください。けれど、ランシング様のご要望では……」 続いて、シスター・パットの切迫した声。 「フォルテ。ちょっとごめんね」 絵麻はフォルテの手を優しくほどくと、紙袋と一緒にケネスに預けた。 「わたし、シスターのこと見てくるから。みんなはここで待ってて」 言うと、絵麻は玄関口に向かって駆け出した。