「……」 絵麻は皿の上に手つかずで乗ったままの料理にため息をついた。 封隼が食事を取ってないらしいことがわかってから、絵麻はせめてもという 思いで1人分の食事を封隼の部屋の前に運んでいた。 そんな日々がもう何日も続いているのだが、封隼は食べてくれない。 「また残ったの?」 「うん」 「もったいないよね。こんなに美味しいのに」 後ろから声をかけてきた翔に、絵麻は小さく頷いた。 普通に食べてくれないばかりか、皿がひっくり返っていたことも多々ある。 周りは「武装兵になんか構うから」といって止めるが、それはなぜか気にな らなかった。 だいいち、食べないと体に悪い。 絵麻が封隼を信じている理由はもう1つだけある。 小鳥を助けていた時の、優しい表情だ。 あの時の優しさを見ていなかったら、絵麻はこんな風にはしなかっただろう。 「みんなにも見せたかったな。特に唯美に」 「何を?」 絵麻は翔にその話をしてきかせた。 「……よく似た他人、ってことはないよね?」 「黒い服だったもの。このへんで黒い服って封隼くらいでしょ?」 「えーっと……」 その時だった。 誰かが階段を降りてくる音がした。 少し軽い音に、絵麻ははじかれたように階段にかけよる。 思った通り、そこにいたのは封隼だった。 「封隼!」 顔は無表情で、でも漆黒の瞳は驚きの色をしている。彼は口より、瞳のほう がずっと雄弁だった。 元々顔色は悪いほうだったが、それに拍車がかかっていた。まるで一回り小 さくなってしまったみたいだ。 「どうしたの? そんなに痩せちゃって」 「……おれが送還されるのはいつ?」 「来週って聞いてるけど」 「ねえ、送還されたらどうなってしまうの?」 翔は何かを迷っていたふうだったが、やがて口を開いた。 「……他の投降兵と一緒に強制労働だと思う」 「それって」 意味が通じ、絵麻は自分の声が高くなるのがわかった。 「そんなのダメ! 封隼、その体じゃ死んじゃうよ!! 何とかならないの?!」 「唯美が喜ぶんじゃないの?」 封隼は唇を歪めて笑った。 「それに、脱獄って手もあるしな。脱獄したら一番にここ襲ってやるよ。 おれは武装兵なんだからな」 歪んだ笑い方。 そのまま踵を返して階段を上がりかけた封隼を、絵麻は呼び止めた。 「ねえ、待って封隼」 「……何だ」 「今晩、何が食べたい?」 絵麻の口からとっさに出たのがこの言葉である。 「は?」 封隼が思わず振り返り、翔の肩からは完全に力が抜けている。 「せめて……せめて。つらいことしにいく前に、美味しいもの食べておこうよ? わたし、できるものだったら何でも作るから」 最後のほうは照れくさくなり、絵麻は言いながら笑ってしまった。 バカみたいだ。 反応が返ってくるわけがないのに。 「……スープ」 「え?」 意外な反応に、絵麻は目を見張る。 「前に作ってくれたスープがいい」 彼は前に朝食に出した春雨のスープのことを言っているのだ。 「うんっ」 返ってきた反応が嬉しい。 絵麻は泣き出しそうな笑顔で頷いた。 「いっぱい作るね。だからおかわりしてね」 「……」 それには何も返さずに、封隼は階段を駆け上がって行ってしまった。 「春雨のスープ、か」 横で翔が笑っている。 「絵麻ってホント凄いよ。何でも懐柔しちゃうんだから」 「『戦うコックさん』って呼んでくれる?」 冗談を言ってみる。 これが意外とウケ、翔はしばらくの間笑い転げていた。