ふいに背筋を走った寒気に、絵麻は両肩を抱える。 「そういえば、目の色が同じだな。どこかで見た色だとは思ってたんだけど」 信也がそう指摘する。 確かに2人の瞳は同じ、黒曜石の艶やかさを持った漆黒。 「違う!! アタシと弟とは目の色も髪の色も一緒なの!!」 唯美の怒鳴る声が震えている。 「灰色の髪……か」 遠慮がちに手を伸ばして封隼の髪に触れながら、リョウが言った。 「これ、栄養失調じゃない?」 「栄養失調?」 「多分、元々黒かったのが色素が抜けてこうなってるのよ。ばさばさだし」 「それじゃ、封隼は本当は黒髪黒目の東部人ってことか?」 「……」 唯美の顔はいつのまにか白く色を失っていた。 「ゆい……」 絵麻が声をかけようとした刹那、雷鳴のような声が響いた。 「どうしてよ?! どうして行方不明になった弟が武装集団の人間になるのよ!! 弟は、あの時まだ4つだったのよ?! そんな小さな子が、なんで……」 「……小さな子供だから」 「?」 「小さな子供だったから、武装集団が利用したんだ。データにあった。武装兵 が戦力補充のために行う『戦力狩り』のこと。主に南部や東部の特殊能力者た ちを襲って、戦力になりそうな人間を根こそぎさらうんだ。特に子供が喜ばれ る。武装兵として徹底的に教育して、戦闘用兵器とするために……」 これには全員が息を飲んだ。 「どういうこと? それじゃ、あたしたちが戦った中には……」 「いたかもしれない。そういう哀れな人が」 翔は瞳に悲しみをにじませながら続けた。 「唯美の行方不明になった弟もそうなったんだ。戦場ではぐれたんだろう? 武装兵に保護されて北部に連れて行かれたんだよ……。そうして自分がどこ の誰なのかもわからず、言われるまま武装兵になった。たまたま東部の攻防で ケガをしてPC側に保護されてここに来た。それが封隼でもおかしくない。 唯美がその道をたどったとしてもおかしくなかったんだ」 「……」 「封隼、自分の名前を自信持って言える? 何も言わないのは、何もわからな いからだろ?」 「……」 沈黙は肯定と言えた。 「推測でものを言わないで!!」 唯美の悲鳴が響く。 両耳を手でふさいで。もうききたくないという意志を全身で表して。 「アタシの弟が武装兵だなんて……そんなの嫌! 嫌ぁっ!! 証拠を見せて!!」 引き裂かれるような声に、絵麻は思わず傍らにいたリリィの陰に身をよせた。 「……DNAデータ」 翔がぽつりと言う。 「この前もらった髪の毛で調べた。唯美のぶんは、パワーストーン能力の被験 体になってもらった時の数字」 示されたプリントアウトの数字は、下2ケタをのぞいて完全に同じものだっ た。 「こんなに同じ数字になることはない。お互いが親子か、兄弟である以外は」 「ってことは……お前ら2人、実の姉弟なのか?」 「嫌ああああっ!!」 シエルの言葉に、唯美は絶叫した。 大切に想っていた弟と、心から憎んでいた武装兵は……同じ存在? そんなの、認められない。認めたくない! 「探してた弟なんだろ? よかったじゃないか」 「こんなのは嫌! こんなこと、考えてなかった。望んでなかった!!」 唯美が漆黒の瞳が、狂おしいような光を宿す。 絵麻はぎくっとして、リリィのショールを握りしめた。 「アタシは認めない!! 絶対に認めないから!!」 「待て、唯……!」 言うと、唯美はリビングを飛び出して、自分の部屋へと駆け込んでしまった。 ドアの閉まるものすごい音が階下にまで響いてきた。 「……」 全員が目を見合わせた時、ふいに封隼が動いた。 静かな表情で、自分も階上へと上ろうとしている。 「おい」 「待てよ」 「安心しろ。刺激しにいくつもりはない」 封隼は淡々と言った。 「自分が使っている部屋に戻るだけだ」 「……」 静かな横顔。 自分の本当の素性が明かされ、そして否定されたというのに、彼はまるで何 も感じていないかのようだった。 けれど、そんな人間がいるのだろうか? 自分のことを話題にされながら、何の反応も示さない人間だなんて。 「おれだって……」 すれ違いざまに小さく呻くような声を絵麻は聞いたような気がしたが、気の せいだったのだろうか?