戻る | 進む | 目次

「哉人くん……」
 引き上げられたあと、アテネは呆然としていた。
「何で引き上げたの?! チョーカー、なくなっちゃったじゃない!」
「あのな。チョーカーと人の命、どっちが大事だ?」
 哉人はアテネをにらんだ。
「チョーカーの方が大事だよ! だって、哉人くんのママがくれたんだよ?
もうくれないんだよ?!」
 その言葉を聞いた瞬間、カッと頭に血が昇った。
 乾いた音が響く。気がついたら、アテネの頬を平手で打っていた。
「……」
 アテネは赤くなった頬をおさえた。瞳に、みるみるうちに涙がたまって
いく。
「お前の命だって、さっき手放したらもうなくなってた。好きな子を死な
せてまですがる思い出なら、ぼくはいらない」
「……」
「アテネ。シエルのこと、考えてないのか?」
 言われて、アテネは兄の方をみた。
 彼は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「お前がいなくなったら、シエルがどれだけ悲しむと思ってんだ?」
「……お兄ちゃん」
 シエルは片腕で、アテネを抱きしめた。
「バカヤロ……また勝手にいなくなる気か……」
 それ以上は声にならない。シエルはただただ、腕に力をこめた。
 アテネがここにいると確認するように。絶対に離さないように。
「オレのせいで、またアテネがいなくなんのヤだよ……」
「だって、アテネがいないほうがみんな」
「いつ誰がンな事言った?」
 哉人はまだアテネをにらんでいた。
 無性に腹が立つのは、チョーカーをなくしてしまったせいではなく、ア
テネが後悔し続けているせいだろう。自分が迷ったから、負担にしてしまっ
た。情けない。
「絵麻だって、リリィだってリョウだって唯美だって、翔だって信也だっ
て封隼だってお前のこと大事にしてんのがわかんないのか? どうでもい
い奴なら連れて行くかでモメたりしないで、戦場に連れ出して放っておく
よ」
「……ごめんなさい」
 ひとつ。ふたつ。頬に涙のしずくが伝う。
 アテネは兄の胸に顔をうずめた。
「ごめんなさい。お兄ちゃん、ごめんなさい」
「哉人……よかったのか?」
 しばらくしてシエルが言った言葉に、哉人は首を振った。
「手を貸してやるって、言っただろ」
「……」
「自分のできる限りでいいんだよ。お前は今で充分、いい兄貴なんだから」
 シエルは黙って、アテネの髪を撫ぜた。
 その時、シエルは妹の髪に、何かがからまっているのに気がついた。
「あれ」
「?」
 錆びた、銀色の十字架。
 アテネのふわふわした髪に、紐が絡んでいた。
「哉人、これお前の」
 シエルが片手でほどこうとして、アテネの髪をひっぱってしまった。ア
テネが小さく悲鳴をあげる。
「え……」
 哉人はそっと、アテネの髪に絡んでいた紐を解いた。
 信じられないといった面持ちで、手の中に落ちてきた、錆びた十字架を
裏返す。
 刻まれた自分の名前は、確かにそこにあった。
 失ったのに、戻ってきた。
 このチョーカーはいつでもそうだ。なくした物を、連れて来てくれる。
「なあ……なくしたものって、戻ってくることもあんのかな」
 刻まれた名前を見ながら、哉人は呟いた。
「最初からあったんなら、そうなのかもなぁ」
 シエルは妹を腕に抱いたまま言った。
「切れちゃったね……」
「こんなの、すぐ直せるさ」
 哉人はバンダナを外してチョーカーを包むと、ハーフパンツのポケット
にしまった。
「哉人くん」
 アテネは腕を伸ばすと、哉人に抱きついた。
 片方の腕はシエルに回されたままで、2人に抱きついているような形に
なっていた。
「ありがとう。大好きよ」
「え……」
 それは、初めて言われた言葉。
 心から望んでいた言葉。
「2人とも、大好き」

戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-