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「ミオとイオは、私がまだシスターの見習いをしていた頃に、この孤児院
に保護された子供たちなの。とても仲がよかったわ」
 ミオとイオ。この2人は中央北部出身の、年子の姉妹だ。
 風変わりな亜麻色の髪と、琥珀の瞳。物静かなミオと、快活なイオはタ
イプが違ったけれど、外見はそっくりで。何より、とても仲がよかった。
 シスター・パットはこの2人がもらわれてきた頃から2人を見てきた。
この頃はまだ院長ではなく、車椅子でもなかった。自由に動く事ができた。
 2人姉妹が仕事を選ぶ年齢にさしかかった頃に、シスター・パットは手
伝いに行った先で内戦に巻き込まれて体が不自由になった。孤児院の仕事
に、著しく負担がかかった。
 姉妹はそれを知り、育った孤児院を手伝うため、保母になる道を選んだ。
2人ともその進路をかなえ、大人になってからも育った孤児院で働いた。
 ミオは、PC総帥の息子で、当時は補佐役をしていた緋牙と恋愛関係に
あった。いつか結婚すると周囲も認めていて、妹のイオも応援していた。
 その緋牙が、父の補佐として赴いた北部で拾ったのがユーリである。
 身寄りを一度に亡くしたユーリを不憫に思った緋牙は、自分の補佐役に
するべくユーリをエヴァーピースに連れてきて、孤児院に預けた。
 最初は、ショックでふさいでいたユーリだったが、ミオとイオ、それか
らシスターに手厚い世話を受け、恩人である緋牙の役に立つべく秘書の勉
強を始めた。
 幸せな4人だった。緋牙がMr.PEACEになるまでは。彼がその身
に呪いを受けるまでは。
 ミオは緋牙が将来受ける呪いを知っていた。しかし、ミオは彼の寂しさ
を理解していた。彼女自身も孤児であり、彼の暖かい家庭に憧れ、自分の
家庭は暖かく保ちたいという気持ちに強く共感していた。
 緋牙はミオを妻として迎え、幸せに暮らしていたが、彼が自分に宿った
全てを見る力に絶望するまでは長くはかからなかった。
 ありとあらゆる不幸を、救えない不幸を見せられ、自分の交渉する貴族
の腹の中の、どろどろとした利己的な感情をも見せつけられた。狂わない
ほうがおかしかっただろう。
 それでも、彼はミオを愛した。ミオを愛する事で逃れようとした。
 しかし、継承者である長男、フーガが生まれ、呪いは容赦なくミオに襲
いかかった。
 緋牙の仕事は日に日に忙しくなり、家庭に戻れない日々が続いた。ミオ
は寂しさの中に取り残された。
 加えて、ミオにはMr.PEACE夫人としての仕事もあった。貴族と
交渉しなければならない事も多く、そのような場面で、彼女の孤児という
出自は常に嘲られていた。仕事に支障をきたすことさえあった。
 ミオは日に日に衰弱していった。無理を押して双子の娘を産んだ事も衰
弱を進める一因であっただろう。
 ミオは強い女性だった。緋牙の前で愚痴を言った事などなかった。
 けれど、耐え切れなくなった彼女は、たった一度だけ「『Mr.PEA
CE』でなければよかったのに」とこぼしてしまう。それは眠っている子
供たちに呟いた小さな言葉だったが、緋牙の耳に届いてしまった。
 そして、それが緋牙にとって、最後に聞いた彼女の言葉だった。
 エヴァーピースの近隣が襲撃され、ミオは孤児院で働いていた妹、イオ
と共に支援に向かった。現場は凄惨で、ミオはもちろん、イオもたちまち
疲れてしまった。
 ミオは疲れのひどい妹を気づかい、休憩の当番を代わった。
 そして、紛れ込んでいた武装兵に射殺されてしまった。
 ミオの死を知った緋牙は壊れた。
 彼は、ミオの死はイオのせいだと強くののしった。そして、イオにミオ
の代わりとなるように要求した。
 ミオは死んでいない。死んだのはイオだと。ミオはまだ生きていると。
 壊れた緋牙に従うなど、イオにはとてもできなかった。イオはユーリを
愛していたのだから。
 それを見越した上で、緋牙はイオができないのなら、孤児院への支援を
打ち切ると脅迫した。PCからの支援が受けられなければ、孤児院はたち
まち傾いてしまう。足の不自由なシスター・パットだけで支えることはで
きなかった。
 イオは孤児院の子供達と、姉の子供達を守るために、ミオとして緋牙の
元に行った……。

「それじゃ……」
 シスターは口元を抑え、必死に嗚咽をこらえていた。
「ミオ……イオが今、悲しい目をしているのは私のせいなの。1人では孤
児院を守る事ができなかった私のせいなの。イオ、ごめんなさい」
 シスターがイオを哀れんだのは、彼女が生きていたからだった。
「ユーリは、一体どこに」
 シスターは首を振った。
「イオとユーリは恋仲だった。緋牙くんに無理を言われた時、ユーリは、
イオに何もかも捨てて逃げようと誘っていた。私はそれを知っていたけど、
イオが頷かなかったことで目をつぶった。子供達を守るほうが大事だと言
い聞かせて……」
 シスターが泣き崩れる。
 やりきれない思いに、5人は顔を見合わせた。
「イオ……イオ、ごめんなさい。貴方の名前さえ、私は呼んであげること
ができなかった。自殺を考えるまでに貴方を追い詰めた」
 ミオ――イオはベッドで眠ったままだった。
 現実から逃れられる眠りが、彼女にはいちばんの幸せなのかもしれない。
眠る表情には、いつもの悲しい色はなかった。
 でも、そのことは周りのものに、いっそうの悲しみをつのらせた。
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