翔のユキとの暮らしは、同じ日を繰り返すように単調で、型にはまりきっ たものになっていた。 朝起きるのはユキが先だ、彼女は食事を作り、後から起きた翔が洗濯を する。一緒に食事を取って。一緒に出勤する。ユキの鞄を持つのは翔の役 目だった。 一緒に研究室に行って午前中の仕事をし、食堂で昼休みを一緒に過ごし、 また午後の仕事をする。帰りはユキの行きたい店に寄って帰る。2人で夕 飯を作って一緒に食べ、片付けをして一緒に眠る。 ユキが行きたい店が変わる程度で、他には何の変化もなかった。 このまま、表面では恋人同士のように、内面では憎しみあって暮らして いくのだろうと翔は思っていた。 何年も、何十年も……朽ち果てるまで。 それが罪を隠された、けれど確実に大罪を犯した咎人にはふさわしいよ うに感じた。 その日も、翔はユキと一緒に帰り道を歩いていた。 ユキは翔が買った髪飾りをつけて、顔中を笑顔にしていた。 彼女は自分を憎んでいるはずなのに、どうしてこんな笑顔ができるんだ ろう。 「なぁに? 顔に何かついてる?」 「髪飾りをつけてくれてるんだなって思って」 ユキはさらに相好を崩した。 「決まってるじゃない。貴方からのプレゼントなんだから」 そういえば、絵麻には何も贈ってあげなかったなと、翔は思い出した。 ユキはその一瞬の思考に気づいたようだった。声が鋭くなる。 「今、あの子のこと考えたでしょ」 翔の顔をつかんで、強引に振り向かせる。 「アンタはあの子にふさわしくないよ。ふさわしいのはこのアタシ。 あんなに元気で、あんなに汚れない子より、同じように汚れてるアタシ のがふさわしいのはアンタだってわかるでしょ?」 「……ええ」 「どっちみち、アンタにはアタシを介護する義務があるんだからね」 ユキは唇をつりあげて笑った。 ユキの左足と左目は、翔の起こした事故が原因で失われた。 小さなユキはその日、兄にお弁当を届けに研究所を訪れていた。そして、 巻き込まれたのだ。 重傷を負い、足と目を失って生死の境をさまよう間に、ユキの家族は全 員が彼女を残して旅立っていた。 自分の知らない場所で何かが動いて変わってしまう。その時の思いは翔 にもわかる。 翔も同じだから。 けれど、それを説明してもユキはわかってくれないだろうし、聞いてさ えくれないだろう。誰も犯罪者の意見に耳を傾けてはくれないだろう。 それをわかってしまっているから、翔はユキに尽くす。 「ユキ。今日の夕ご飯はどうしますか?」 「そうだね。ここのところお肉が続いたから、久しぶりにお魚に……」 その時だった。 「探したよ」 2人の目の前に、黒衣の人影が立った。 「!」 とっさに翔はユキをかばう。 「ここにいたんですね」 背後からも声がした。振り返ると、黒衣にフードを羽織った人物が立っ ていた。 アレクトと、メガイラ。 (2人……) どくんと、心臓が嫌な鼓動を打つ。 この状況で、ユキをかばいきれる自信がない。ユキは一般人だし、そも そも、足が不自由なのだ。 「知り合い?」 ユキがきょろきょろと、アレクトとメガイラを見比べる。 「ええ、よく知ってますよ」 メガイラが微笑んだ。 「この前の時に送り込んだ亜生命体が、お前の中の憎しみを察してな」 アレクトが大鎌を肩にかつぎながら言う。 「優しい顔をして、本当は全てを憎んでる。自分の周りも、自分を生んだ 母親さえも」 「……言うな」 「そうそうその目。怖いねぇ」 アレクトはからかうように言うと、鎌をふるった。 とっさにユキを抱えて転がるが、右腕が逃げ遅れた。かなり深い部分ま で切られて、血が飛び散る。 「……っ」 ユキはその光景を呆然と眺めていたが、やがてぽつりと言った。 「何、あんたたち……」 「こいつを殺しに来たんだよ」 「本当?」 ユキの声が弾む。 「お願い、殺しちゃって? こいつが死んでくれたらどんなに嬉しいか」 「ユキ……」 「貴方はこの人の死を望んでいるんですか?」 「ええ!」 ユキは目を輝かせて頷いた。 「思いつく限り苦しめて殺してやりたいんだけど、犯罪者にはなりたくな くて。あなたたちがやってくれるなら願ったりかなったりよ!」 「ユキ、逃げろ……」 翔はユキをアレクトたちからひきはがそうと、割って入った。 けれど、ユキはその翔の体を押しやった。 「止めて! アンタなんかにかばわれたくない。アンタなんかに名前を呼 ばれたくない!」 「貴方はこの人を恨んでいますか?」 メガイラの声は湖水のようになめらかだった。 「恨んでいるわ」 ユキは恍惚とした表情で頷く。 「14年間、ずっと恨んできたの。だってコイツは好奇心であたしの家族を 殺したんだから、恨んで当然でしょ?」 「ユキ!」 メガイラの方に歩み寄ろうとするユキを、翔は懸命に止める。けれど、 利き腕を怪我しているのがわざわいして、ユキを押し止められなかった。 「物凄い恨みになっているのでしょうね」 メガイラの口元に薄い笑みが浮かぶ。 「ええ、とても。だから……」 ユキの声は最後まで続かなかった。 メガイラの投げた長針が、ユキの胸を刺し貫いていた。