その日も翔は遅く帰ってきた。 絵麻が普段なら眠っているような時間だったのだが、今日は待っていた。 会いたかったから。あたたかいご飯を食べて欲しかったから。 それが、自分にできることだったから。 玄関のドアが僅かにきしんで、翔が帰ってきたのを知らせてくれる。 ソファで、リリィに教えてもらった刺し子を作っていた絵麻は、弾かれ たように立ち上がると、玄関まですっ飛んでいった。 「絵麻……」 翔は、絵麻がこの時間に起きていた事に驚いたようだった。 「お帰りなさい。ご飯、食べるでしょ? 今日はポトフ……」 絵麻が言い終わる前に、翔は短く言った。 「いい」 「そっかあ。食べてきたの?」 その時絵麻は、翔のジャケットがところどころ、破れてほつれているの に気がついた。 前にリリィに傷つけられたのが、そのままになっているようだった。 「翔、ジャケット破れてるよ。わたし、さっきまで針使ってたから、直し」 「いらないって言ってるだろ」 翔の声は冷たかった。絵麻の聞いた事のない声だった。 伸ばした手を、翔は振り払いさえした。 「……翔?」 体がこわばるのがわかった。 「迷惑だった……?」 好きな人ができると、変わってしまうのだろうか。 他の子には関わりあいたくないと思うほど、変わってしまうものなのだ ろうか。 翔は感情を押さえつけるようにして絵麻を睨んだ。 「食事、いらないから。もう何もして欲しくないから」 俺に関わるな。 「!」 低く言われた言葉に、絵麻は驚いて翔を見た。 悲しいとか、落ち込むとか、そんな気持ちはなかった。純粋に驚きだけ だった。 むしろ、翔の方が悲しんで落ち込んでいるように見えた。 「翔?」 「……」 翔は何も言わず、そのまま階段をかけ上がって行ってしまった。