Love&Place------1部3章7

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「……わたし、血星石になってるの?」
 絵麻は自分の手足を確かめた。別に固くこわばっているわけでもなく、ちゃんとあたたかい。それなのに。
「絵麻」
 リョウとリリィはただ蒼白な顔を見合わせていた。階段を複数が下りる足音がして、翔たちが姿を見せた。
「どうしたの?」
「翔」
 絵麻は翔のほうを向いた。ただならない様子と鳴り続ける音で、翔は何が起きたかを敏感に察したようだった。彼は少年の手から機械を受け取ると、音を消した。
「わたしは、血星石なの?」
「そんなふうにするつもりはなかったんだ。血星石を飲み込む人間がいるだなんて考えてなくて。平和部隊の人間が外部の子を血星石にしたなんて知れたら大騒ぎになってしまう」
 焦った様子で、いつもより早口気味にしゃべる翔を見ていて、悲しさが絵麻の中にこみあげた。
 自分のことを気にかけて、ここにいさせてくれたんだと思っていたから――。
「だから、わたしを外に出さなかったんだね」
「違う」
「違わないでしょ? 全部嘘なんでしょ? 外が危ないのも、手伝ってくれて助かるって言ってくれたことも、ごはんを美味しいって言ってくれたことも。わたしは悪くないって言ってくれたのも、全部!」
 激昂する絵麻の様子に、翔は一瞬、つまったように動きを止めた。だから、絵麻はいっそう悲しくなってしまった。
「絵麻、落ち着いて」
「落ち着けない!」
 自分が別の世界に飛ばされて、人間ではない別の何かになってしまっていることがわかって落ち着ける人がいるのだろうか。
 いや、絵麻にとってそんなことはどうでもよかった。別の世界でも、人でないものに変わってしまっても、もうどうでもいい。自分のすることを誰かが必要として喜んでくれる場所があるのだと思ってしまっていたから。
 祖母が亡くなって、絵麻を大切にしてくれる人はすべていなくなったと思っていた。姉も自分を裏切った。だから、翔たちに会えて嬉しかった。ここにこられて嬉しかった。
 けれど、それは嘘だったのだ――。
「大丈夫だよ。研究機関で分離の方法を調べてもらうから。ちゃんと絵麻を人間に戻してあげられるから」
 絵麻の気持ちを何一つわからず、そんなことを言って肩を押さえてきた翔の手を、絵麻は思い切り振り払った。ぴしゃっと叩きつける音がした。翔が小さく呻いて自分の手をかばう。絵麻はその脇を抜けて玄関へと駆けだした。
 体当たりするかのようにぶつかると、玄関の扉はあっさりと開いた。なだらかに街の方へと続く道の逆側に、黄昏の森がぽかりと口を開けている。外の空気は火照った頬にひどく心地よかった。
 一歩、二歩と絵麻は引き寄せられるように森の方へと進む。
「絵麻!」
 玄関のドアがもう一度ばたりと音をたてて、翔が姿を見せた。
「外に出ちゃ駄目だ! 危ないんだ! 頼むから戻って」
「嫌だよ! 森が危ないなんて嘘なんでしょ?!」
 翔につかまれた腕を、絵麻は乱暴に振り払った。翔から逃げ出すように、彼に逆らうように森を目指す。
「違うんだ。危ないのは森じゃな――」
 絵麻の足が、寮の敷地から出た瞬間、再び絵麻は腕をつかまれた。ただし、それをしたのは翔の焼けた手ではなかった。しなやかな黒い闇。
『マタヒトリ……』
 絵麻の眼前に黒いお化け――トゥレラが立っていた。この前絵麻が見たトゥレラは仮面をつけているかのように顔がなかったが、今絵麻の目の前にいるトゥレラには細い切れ込みのような目があった。蛇のように細く、血の如く赤い目。
「……!」
『赤イ石……青イ石……』
 口がないのに、絵麻の耳元でおぞましい囁き声がする。絵麻は逃れようと必死に体をよじったが、そのたびに闇が絡みついてきて動きが取れなくなる。
「絵麻!」
 すぐ近くで声が聞こえて、気づくといつの間にか近寄っていた翔が右手に持った石の力でトゥレラから絵麻を解放しようとしていた。石が当たった部分は一瞬だけ黒い霧になって霧散するが、すぐに再生した。
『ソノ石、イラナイ石……』
 トゥレラの闇が鞭のようにしなって翔を打ち据えた。
「!」
 翔は吹き飛ばされて地面に転がったが、その時に流れた血をぬぐうでもなく、なおも絵麻を解放しようとした。
「絵麻を離せ!」
 トゥレラが髪を振り乱すと、翔の身体が弾き飛ばされた。トゥレラはその髪で絵麻をぐるぐる巻きにすると、森の奥へと漂っていった。
「絵麻!!」
 自分を呼んだ翔の姿はもう見えなかった。
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