掌の話

掌の話

「せーのっ」

　10人で、掌をつき合わせてみる。
　どの手も同じ、人間の手。
　だけど、どの手もみんな違ってた。

　絵麻の手は、見ているだけだと幸せそうな手だと思う。
　でも、触れてみるとわかる。かさかさに水荒れしてるんだ。
　ちょっとだけど、洗剤石鹸の匂いがする。
　絵麻は、「ノーテンキな手」って笑ってたけど。
　僕は、その手は「作る手」だと思う。
　作って、救う手。

　翔の手は、見た人ははっと目を背けてしまう。
　火傷で、皮膚を失った手。赤黒く肉が見えて、体液が凝固して。
　ところどころ、肉が抉れてなくなってるんだ。
　「醜い手」って、翔は吐き捨てるけど。
　でも、その手は「痛みを知る手」だよ。
　強い手。わたし達を――わたしを守ってくれる手。

　リリィの手は、真っ白。
　肌の色の時点で、おれとは違ってる。汚れなく真っ白。冷たくて気持ちいい。
　リリィは「違う男の手を握って、喰い物にした手」って言うけど。
　おれにとっては「冷たくて優しい手」だよ。

　信也の手って、あたしよりずっと大きいんだよね。
　ごつごつしてるね。男の人って感じがする。竹刀だこは、練習の証拠？
　「弟殺しの手」って、そう言ってるけど。
　けど、「支える手」だってこと、忘れないでね？　何度も支えてくれた、大事な手。

　リョウの手って、俺より小さいんだよな。
　女だけど、仕事のせいで爪はいつでも短く切りそろえてるし、消毒液の匂いがする。
　「人を殺す手」。そんなふうに嘆かないでくれよ。
　俺は、お前の手は「人を生かす手」だと思ってるから。そうだろ？

　シエルって、男の人なのに指、長いよね。
　でも、見ただけで苦労具合がわかるよ。すごく荒れてるもの。
　「自分もロクに守れない手」ってぼやくけどさ。
　アンタの手は「苦労を知る手」だよ。そのぶんだけ強いんだから。

　哉人くんの手。ちょっと見ると普通だね。
　けどね、知ってるの。ワイヤーの痕や、古い傷跡たくさん。爪の形も、１つだけいびつ。
　「愛に飢えた手」「母親すら握ってくれなかった手」。
　そんな悲しい事言わないで？　今、手をつないだから。もうそんな手じゃないよ！

　唯美の手って小さいんだな。やっぱ、女だもんな。
　だけど、ナイフの傷が何ヶ所もある。指紋がないのは、証拠を残さないため？
　「壊す手」って、そんな悲しい事、笑いながら言うなよな？
　お前はいつだって守ろうとしてた。だから、その手は「守る手」だよ。

　封隼の手は、痩せてるね。指先は間違えたら骨みたい。
　肉が全然ついてなくて……それなのに、爪を立てた痕がはっきり残ってる。
　「死神の手」。そんなふうに言うけど。
　私は「戦って守る手」だと思うよ。貴方は、いつだって頑張ってたじゃない？

　アテネの手って、ぽっちゃりした感じでやわらかい。苦労知らずのお嬢の手だな。
　……嘘だよ。水荒れしてかさかさだし、消毒液の匂いがする。
　だーかーら、「甘えん坊の手」だなんて拗ねるなって。
　「愛情に満ちた手」だと思うよ。だってさ、ほら。こんなにあったかいし。

　不思議だね。
　掌だけで、こんなにもわかる。
　同じ手だけど、みんな違う手。
　でも、１つだけ同じ。
　わたし達の手は、みんな罪の手。血に濡れた手。


――こんなにちっちゃい手なんだね。
――そうだね。
――こんなにちっちゃいのに、ちゃんと指が５本あって、関節があって。
　　　爪なんか、ほら。こんなだよ？　凄いなあ、よくできてるなあ。
――できてないと困っちゃうよ？
――そうなんだけど……でも、凄いよ。
――あのね。
――何？
――この子の手は、どんな手になるのかな？
――うーん……僕はわかんない。けど。
――けど？
――血を知らない手に、なるといい。
――そうだね。
　　　うん、わたしたちでそうしよう。