そのままの貴方でいて

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そのままの貴方でいて

 その日のデートは、リリィにはかなりの不満だった。
 西部に最近できた、話題の大型商業施設。そこに行って、これまた話題の戦場ラブロマンス映画を見た。映画が終わると食事にちょうどいい時間で、リリィが好きなシチューのお店に入った。その施設はかなり大きく、食事を終えた後も見るものには事欠かなかった。かわいいお店はたくさんあったし、疲れた足を休めるベンチもあった。目の前では照明を受けて七色に光る噴水が水を噴き上げている。
 封隼は何も言わずに、リリィの好きなように動かせてくれた。リリィが洋服を選んでも、男の人にはどう見ても不釣り合いな雑貨屋に入っても文句一つ、嫌な顔ひとつしなかった。今も、リリィをベンチで休ませて、自分は施設の反対側にあるジューススタンドまで飲み物を買いに行った。まだ帰ってこないところをみると、並んでいるのだろうか。彼が置いていった荷物の中に、宝飾店の小箱が見える。封隼に身を飾る趣味はないから、多分、ここでプレゼントしてくれるのだろう。
 要するに、完璧なデートプランだったわけだ。普通の女の子なら、恋人がここまでしてくれたら無邪気に喜ぶのだろう。
 が、リリィの今の感情は普通の女の子のそれとは真逆のところにあった。
 こういうデートには憧れる。けれど、封隼には似合わないのだ。
 リリィと封隼のデートは、ほとんどが自分たちの家を行き来するだけだ。絵麻に教わった紅茶を入れて、リリィは手芸を、封隼は風景の写真集を広げてのんびりとすごす。おしゃべりする時もあるし、そうでない時もある。封隼は時折、居眠りをしている。普通の感覚で行けば、彼から構ってもらえない、つまらないデートに見えるのだろう。
 多分、封隼はそれではいけないと思って、リリィと普通のデートをしようとしてくれたのだ。普通の幸福な男性がするようにプランを考えて実行してくれたのだとしたら、それはとても嬉しい。嬉しいけれど、無理はしないで欲しいのだ。
 どう考えても、封隼にこのようなデートは似合わない。リリィが好きな海封隼という男性は、流行り廃りに全く興味のない朴念仁だ。朴念仁が世の男性のように情報誌を買ってデートプランを立て、宝飾店で彼女のことを考えながら指輪を買っただなんて、気持ち悪いではないか。
 それに、封隼はひとつ間違っている。リリィは人混みで注目されるのが、実のところあまり好きではない。封隼だって人混みが好きなわけではないのだから、こんな商業施設に来ることはないのだ。リリィを喜ばせようとしてくれたはずなのに、普通の幸せにこだわったせいでそこが抜けてしまっている。
 以前の、戦闘狂のままでは確かにいけないと思う。内戦が終わった世の流れに適応していくには、封隼は変わらなければならないのだろう。でも、そのために封隼が持っているいいものまで変えてしまう必要は全くない。むしろ、そこは変わらないで欲しい。
無口で無愛想で、自分が被害者だと決して認めないわからずやだけど、誰より強くて優しい封隼のままでいて欲しいのだ。普通になりたくて優しさを失うなんて、間違ってる。
 ひどい話だと、リリィは吐息をもらした。自分も同じ気持ちを抱くのだから、封隼が普通の人に憧れる気持ちはわかるのに。それでもリリィは、そのままの封隼でいて欲しいと願ってしまう。
 確かに、普通ではないかもしれないけど、私は普通じゃない貴方が好きなの。だから無理をしないで。
「……これじゃ言い方が酷すぎるわよね」
 人混みの向こう側を探すが、封隼の姿はまだ見えない。
 どうやって伝えようかなと呟いて、リリィは七色に光る噴水に視線を移した。

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