ずっと隣にいて

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ずっと隣にいて

 普通の男性でも、恋人に生涯の伴侶になって欲しいと告げるのには、相当の決断力と勇気と覚悟が必要だろう。相手の一生を預かり、また自分の一生を預けるのだ。自分だけではなく家族が関わってくることでもあるし、相手の気持ちもわからない。恋人としては一緒にいたいが夫にするには駄目だ、という場合だってあるようだし。家事の分担や新居の場所、仕事をどうするかといった日常的な問題もあるし、将来的に子供ができれば、その子の人生がお互いの両肩にかかってくる。一時の感情でそう簡単に決められることではない。
 普通の男性の場合を考えてこれなのだから、封隼が結婚しようと思ったら問題は山積みどころの話ではないのだ。武装集団出身の人殺しを受け入れる相手はそうそういないし、よしんば相手が受け入れてくれても相手の家族が同じ意見とはどう考えても思えない。家事だってそんなにできるほうではないし、最近甥っ子姪っ子の面倒を見ているとはいえ育児にも慣れていない。将来的に体が壊れたら仕事ができなくなって生活に困る。問題があるのではなく、ありすぎるのだ。
 そんな自分なのに、どうしても隣にいて欲しい人ができた。ずっと側にいて、自分の一生をかけて守っていきたい大切な女性。
 彼女は、封隼を受け入れてくれるだろう。とても優しい人だから。自分が彼女をわかっているのと同じくらいに、彼女は自分をわかってくれている。その自信はあるのだ。だからこそ、側にいたいと願っている。
 が、信頼関係とプロポーズは別問題だ。普通の感情すら表に出すのが苦手な封隼が、どうやって求愛できるというのだろう。こればかりはリリィに言ってもらうわけにもいかない。どうしようもない自分だからこそ、何より願っていることはちゃんと口に出したいのだ。出さなければ、きっと後悔する。姉の時のように。
 そこまでの覚悟を持ってしても言えない「結婚して欲しい」という七文字の言葉を、他のみんなはどうやって告げたのだろう。
「プロポーズの時の言葉……って、お前いきなり何言い出すんだよ」
 確かに何かあったら相談しろと言ったのはオレだけどと、義兄が目を丸くする。まさかこの義弟から恋愛問題をふられる日が来るとは思っていなかっただろうから、気持ちはよくわかる。
「言いたい相手でもできたか?」
 少しして、義兄はからかうように言った。無言で頷けば、もう一度目が丸くなる。
「リリィか」
 もう一度、短く頷く。
「どう言っていいかわからない」
「だからって姉夫婦を参考にするもんでもねーだろ?」
「信也と、翔に聞く?」
「自分で調べろよ……と言っても、教科書があるもんでもねーのか」
 義兄は深々と息をついた。膝に子供達を乗せて絵本を読んでやっている妻に目線をやってから、彼は声を低めた。
「信也は頭下げたらしいぞ。だからアイツ、未だにリョウに頭上がってねーんだよ」
 言って、意地悪く笑ってみせる。
「翔は?」
「知らん。翔のことだから流行りの小説の求愛シーン、一字一句完っ璧に暗唱したんじゃね? でも翔がどんな頼み方したんだとしても、絵麻が断るわけがねーよな」
 その様子はありありと想像がついたので、封隼は頷いた。
「……哉人」
「言うな」
 名前を出した瞬間、義兄が殺気だった。もう何年も前に結婚してしまったのに未だにこれなのだから、親族というのは厄介なものだと思う。
「義兄さんは?」
「ヤだよ。だから、姉夫婦を参考にしようとするなって」
「子供生んでくれって頭下げたわよね?」
 くすくすと笑う声が割りこんでくる、思わずそちらを見ると、姉がさもおかしそうに笑っていた。膝の上にいた子供達は、いつの間にか母親のふたつの膝を枕に寝入っている。
「ちょっ、唯!」
「自分だけ逃げようとするのはズルいんじゃない?」
「兄貴の威厳ってもんがあるだろ」
「ないない。何を今更」
 妻の容赦のない笑い声に、義兄は立ち上がって部屋から出て行ってしまった。一瞬怒ったのかと思ったのだが、彼はすぐに毛布を持って戻ってきた。妻の膝で眠っている子供達にかけてやる。
 なんだかんだで、姉夫婦はとても幸せそうだ。結婚するまで一騒動も二騒動もあり、結婚後もいろいろたいへんだったはずなのに。
 自分もいつか、こんな家庭を持てるだろうか。居心地のいいリビングがあって、自分の視線の先に妻と子供達がいる。そんな、あたたかな家庭。
 そこで自分の隣にいてくれるのは、リリィであって欲しいと願うから。
「……頭下げてくるよ」
 そう言った封隼の背を、義兄の手がぽんと叩いた。

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