心を偽らないで

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心を偽らないで

 リリィは何も知らない周囲に言わせると聖女様だ。
 物語のように端麗な美貌だけで彼女に焦がれる男性は数多いのに、性格がよろしく家事の腕前もほどほどとくれば、求愛者は長蛇の列と化した。そんな状況になれば普通は多かれ少なかれ傲慢になりそうなものなのだが、リリィにそんな素振りは欠片もなく、列に並んだ者たちは先頭から順に「今は考えられない」と優しい言葉でお断りされていった。逆恨みする者が出ていないくらいだから、よっぽど時間と言葉を選んでいるのだろうというのは翔の台詞だ。ガイアの女性は十八になれば結婚していて当たり前になる。リリィは十七なのだから、そろそろ相手がいないと世間体としてはあまりよくない。それなのに男性をここまで遠ざけるのだから、将来出家でもするんじゃないかという風評まである。だから聖女扱いなのだろう。
 ただ、リリィ本人は自分のことを聖女だとは全く考えておらず、聖の字を別の漢字に置き換えて自分を卑下する。聖女とはかけ離れた、ふしだらな存在だと。そう思われるのが怖いから、リリィは必死にうわべを取り繕っていい人のふりをする。
 封隼にはそれがわからない。リリィは確かに聖女ではないだろう。そんな存在が戦場に立ち率先して刃を投げるとは思わないから。聖女様というのは、血や俗世の汚れから一切離れた遠い空の高見で白い服をまとい、地上を見おろし微笑んで手を振っている人のことだろう。仕事に行き絵麻と一緒に夕飯を作り、時間が余れば裁縫針を持つリリィは、そのイメージとは違っている。だからと言ってリリィ本人が言うような存在だとは断じて思わない。
 リリィは、リリィだ。リリィが思うとおりに生きれば、それでいいではないか。普通の少女のように泣いて笑って、可愛いものに手を伸ばして幸福な将来を思い描けばいい。誰も怒らない。いい人のふりをする必要もない。リリィは自分を型に嵌めて苦しんでいるだけだ。
 心を偽る必要なんて、ないのだから――。
 いつか、リリィにそう言ってあげられる日がくればいいと思う。よっぽど上手く言わなければ、リリィはきっと詭弁を並べて逃げてしまう。
言葉の苦手な封隼では、そこにたどり着くまでどれだけかかるかわからないけれど。

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