似たような悲しみ

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似たような悲しみ

 彼女は、自分に優しくしてくれる人だった。
 自分に声をかけ、笑いかけ、食事を作ってくれた。彼女の手が触れたものは何でも温かかったように思う。美味しいスープや、日だまりの匂いがするシーツ。
 なぜ優しくされたかわからないまま、彼女の作る温かい場所に甘えていた。誰に対しても態度を変えない人だから、そういう性格なのだろうと勝手に思っていた。
 きっと、彼女は誰からも愛されて大切に育てられたのだろう。戦争とは関係ない場所で、恵まれて育った人なのだと思っていた。だから争いも疑いも蔑みも知らない、甘い砂糖菓子のような性格をしているのだ。
 そのことが羨ましかった。何を思っても無駄だと知りつつ、武器の重さも血の味も知らず、家族の庇護のもとで育ちたかったと思うことがあった。姉とぎこちない会話をした直後は特にそうだった。彼女と代わりたいと思った。
 それが違うとわかったのは、少し経ってからのことだった。
 争いと無縁で育つことは必ずしも幸福ではないのだと、その時知った。
 血の味は知らなくても、彼女は、自分とほぼ同じ経験をしていた。違ったのは、自分は姉と和解できたが、彼女はできなかったということだった。
 彼女は今でも姉に突き放された、あの時の自分と同じ絶望感の中にいる。
 悲しみは同じ秤でははかれない。だけど、自分は彼女の気持ちがわかる。彼女が例えようもないほど傷つき、悲しんでいることがわかる。
 大切な存在から突き放されてしまうその悲しみを、自分は知っている。
 自分は姉と和解したから、その悲しみの記憶はゆっくりと薄らいでいっている。姉が自分を大切にしてくれるたび、少しずつ、少しずつ悲しさに凍ってしまった心が癒されていく。
 けれど、彼女がその温かさを知ることはないのだ。彼女はあんなに温かいのに、突き放された記憶は、決してとけることのない悪意に凍てついたままで彼女の中にある。
 それはとても悲しい。何とかしてあげたいと思うが、自分に何も出来ないことを経験から知っている。他人に何を言われたって癒されやしない。彼女の傷を多少なりともふさげるのは傷を負わせた彼女の姉だけであり、それでも傷痕は一生消えることはないのだ。自分がそうであるように。
 勝手にそう思い、自分にできることは何もないと納得していた。せめて彼女が抱えている悲しみを自分だけでもわかっていようと思ったのは、今から考えれば傲慢以外の何物でもなかっただろう。大人びたつもりでも、結局自分は仲間の中でいちばん子供だったのだ。
 傷をふさげるのは、傷を負わせた相手だけではなかったのだ。傷の痛みを知らなくとも、手当てをしてあげることはできるのだ。人を温かくするための手段がひとつではないのと同じに、凍ってしまった心を溶かす方法もまたひとつではない。
 そして、どんな時でも彼女に寄り添い、共に笑っていた彼は、それを知っていたのだろう。
 彼女は、どんな時も楽しそうに笑っていた。
 その隣には、いつも彼がいたから。

※ややこしいですが、自分=封隼、彼女=絵麻、姉=唯美、彼=翔、です。
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