アマリリス

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アマリリス

 琴南哉人は、自分の存在を自分でいまいち確立できていない。その原因の九割九分は彼が育った生活環境にある。厄介者でしかなかった彼は、結果として自己を肯定できなくなった。そうしてできあがったのが奇妙な性格だった。優しいかと思えば冷たくなり、冷静に見えてすぐカッとする。真顔で本当のことのように嘘をつく。言動が二極化しているのだ。
 哉人本人は、その自分の性格を疎んじている。人間は、数値で割り切れない。0と1しかないプログラムの世界なら簡単に白黒はっきりつけられるのに、そうはいかないのだ。特に自分はいちばん見えない。そもそも、自分なんて高尚なものを持ち合わせているのだろうか。生みの親からすら拒否された存在なのに。
 こう考え出すと深みにはまっていき、最後に「自分なんかいなければ」という極めてネガティブな感情が残る。そういう時の哉人はだいたい暗い目をしている。端末の前にいる時は綺麗な薄い水色なのだが、夜に入る一瞬前の空のような、計り知れない暗い青になる。翔は哉人がこの目をしているときは近づかないようにしているらしい。しかし、自分の目の色は光線の加減で変わるものではなかっただろうか。気分で変わるというのは聞いたことがない。目のことも考え出せば同じ結論に至って、いい加減に堂々巡りだ。うんざりする。
 何もかも嫌になったところで、名前を呼ばれて哉人は画面から顔をあげた。いつの間にか、すぐ側にアテネが立っていた。ふわふわのプラチナブロンドをした、自分より小さな女の子。肉親から一心に愛される、自分の対極にいる子。
「……何だよ」
 苛立った声にも、彼女は臆さなかった。
「アテネは、哉人くんがいてくれてとっても嬉しいよ」
 唐突に言われ、哉人は目を瞬いた。
 アテネは哉人の隣に座ると、幼い子のようにソファの上で膝を抱えた。
「ずっと気になってたの。アテネがいなくなったら、お兄ちゃんはひとりぼっちになっちゃったんじゃないかって」
 アテネには兄がいる。彼女と同じで賑やかな性格のその彼は、やはり哉人と対極にいる人間で、そしてなぜか、哉人と妙に気が合った。
 よく笑う彼の側にいると、日だまりの中にいるようなあたたかな気持ちになれた。だから哉人は、彼が好きなのだ。大切に思っている。いつも兄と同じように笑う、妹のアテネのことも。
 アテネは顔を上げると、明るく笑った。哉人の好きな笑顔で。
「でも、お兄ちゃんはひとりぼっちじゃなかったよ。哉人くんがいてくれた。唯美ちゃんもいてくれた。だからアテネは、哉人くんがいて本当によかったなって思うの」
 そう言うと、アテネは哉人に飛びついてきた。両手を回して抱きつき、哉人の肩口に顔を埋める。ふわふわの髪が哉人の頬を撫でた。
 なぜ、アテネは笑えるのだろう。自分がつらい思いをしていた間、友人と楽しく過ごしていた兄を恨まないのだろう。
 答えは簡単だった。彼女はそういう人なのだ。答えがマイナスになりそうな複雑な感情の数式を、大好きという言葉でプラスに傾ける。
「ありがとう。哉人くん」
 哉人のような育ち方をした人物に、これ以上の殺し文句があるだろうか。
 返す言葉を思いつかず、哉人はソファから落ちそうになる自分の体をとりあえず支えた。どいてくれ、だなんて冗談でも口にできない。
(これで「惚れるな」ってのは無茶振りだよな)
 ふと、そんなことを考えた。



※アマリリスの花言葉は「すばらしく美しい」「おしゃべり」他

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