眠り姫 1

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眠り姫

 ねえ、目を開けて。
 もう一度笑って。
 いつもみたいに「大丈夫だよ」って言ってよ。
 絵麻……。

「翔。起きて」
「ん……」
「こんなところで寝たら風邪をひくよ」
 肩を揺すられて翔が目を開けると、心配そうなリリィがいた。
 とたんに、現実を思い出す。
「絵麻は?」
「まだ寝てる」
「そっか」
 2人のすぐ側のベッドでは、絵麻が眠っていた。
 絵麻がこの状態になってからもう十日以上が経過している。
 不和姫を消滅させる代償に、絵麻は自分の命を差し出して平和姫を呼んだ。
 そして、全てが終わってからずっと、絵麻は眠り続けているのだ。
 体に異常はない。リョウがそう診断している。眠っているのと全く同じだと。
 だが、目を覚まさない眠りでは、死んでいるのと同じではないか。
「早く起きてよ」
 かけ布団の上に置かれた手を、翔はそっと取った。
 この手はちゃんと暖かいのに。
 いつかまた、彼女が作る料理を食べられる日が来るのだろうか。
 いや、料理なんか作ってくれなくてもいい。目を覚ましてくれれば、それだけでいい。
「絵麻。絵麻……」
 何度も絵麻の名前を呼ぶ翔の傍らで、リリィも悲しげな顔をしていた。
「平和姫が眠り姫ならいいのにね」
「眠り姫?」
「翔、知らないの? 童話の眠り姫」
 魔女によって百年の眠りにつくが、愛しい王子の口づけで目を覚ます姫君の物語。
「そんな話があったんだ」
「随分前にお母さんに聞いたんだけど」
 水をもらってくると言って、リリィは部屋をあとにした。
「絵麻」
 翔は絵麻の顔をみつめた。
 ずっとずっと眠っている。本当に静かな顔をして。
 ここにあるのは体だけで、絵麻の意識はもう、悲しみも苦しみもない世界にいるのかもしれない。
 それなら、もう呼ばないほうがいいのかもしれない。
 けれど、それじゃ嫌だ。まだ伝えたいことがたくさんある。
 絵麻が守った世界で、共に生きていきたい。絵麻がいない世界は、自分が幸せになれる世界ではない。
 絵麻に、ここに戻ってきて欲しい。
 翔は椅子から立ち上がると、絵麻のベッドに歩み寄った。
 そして、覆い被せるようにゆっくりと、絵麻に口づけた。
 やわらかくてあたたかい。感触は、あの夜知ったものと同じなのに。
 絵麻は、目を覚ましてくれなかった。
 いつもの声で、翔を呼ぶこともなかった。
「何で起きてくれないんだよ……!」
 悲しげな声を側で聞いても、絵麻は身動き一つしなかった。
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