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「?」
 2人は目を見合わせて。
「受信しました。翔です。どうぞ?」
『ユーリから緊急連絡! 回線開くから全員聞いてくれ!!』
 声は信也のものだったが、ほどなくユーリの静かな声に切り替わる。
『ユーリです。皆さん聞こえてますか? 大変なことになりました』
 彼の淡々とした物言いはいつものことだったが、それでも声がいくらかうわ
ずっている。
『武装集団から声明文が届きました。中央首都に大量殺人爆弾“ベナトナシュ”
をしかけたそうです』
「なっ……!!」
 翔の横顔がこわばる。
 確か、この前の――絵麻が武装集団領に拉致されてしまうという事件のきっ
かけになったのが、そのベナトナシュという爆弾だった。
『爆発までの時間は午後2時の時点で1時間30分。場所は中央首都だという
こと以外にわかりません。ただ、中央首都のどこで爆発しても確実に10万人
規模の犠牲が出ます』
「わかってるよ、そんな事……」
『Mrは貴方達に爆弾の発見と解除を依頼しています。ちょうど貴方達は今、
中央首都にいますね? お願いします。中央首都は貴族系の権力が強くて、P
Cとしても自衛団を送り込めないのです』
『頼まれなくても』
『時間がありません。お願いします』
 ユーリの声はそこで途切れた。
 とりあえず1度集まろうということになり、10人はまた駅の裏手の、目立
たない場所に集まった。
「今確認したら爆発までかっきり1時間しか時間がないんだよ。とにかく各自
探してみてくれ! 連絡は通信で……」
 信也が言ったのだが。
「無茶苦茶言うな! こんな広い街のどこをどう探せば爆弾があるんだよ?!」
 シエルが即座に反論する。確かにこの場合、彼のほうが正論である。
「翔! 何かアイディアないか?」
「えっと……10人じゃ人海戦術やるにも無理があるし、この街の情報もない
し……そうだ、哉人!」
 聞こえているのだろうか、いないのだろうか。哉人はじっと地面を見たまま、
反応しなかった。サングラスはいつの間にか外されている。
「哉人? 哉人ならこの街詳しいだろう? ベナトナシュはかなり大型の爆弾
だから、大きなものを隠せそうな場所……」
「……知らない」
「え?」
「知らねぇよ。こんな街、吹っ飛んじまえばいい! ぼくはこの件降りる」
 激高したように震える肩。瞳が蒼い炎のようだ。
「おい……哉人?」
「哉人くん? どうしたの?」
 アテネがとてとてと覗き込みに行こうとする。そのアテネを、哉人は乱暴に
払いのけた。
「きゃっ!」
 アテネが地面に倒れこむ。からんと、懐から半分に割れたプレートの破片が
転げ落ちる。
 ――大切なアテネへ。シエルより。
「アテネっ! 大丈夫か?」
 シエルが慌てて助けおこして、スカートについた砂埃を不自由な手ではらっ
てやる。
「何するんだよ哉人?!」
「大丈夫だよ。アテネが悪いんだよ。お兄ちゃん」
 アテネには守ってくれる兄がいて。シエルには支えてくれる妹がいて。
 蒼い視線をめぐらす。唯美と封隼も、互いに支えあう姉弟だ。
 絵麻にだって、翔にだって、リリィにだって、信也にだって、リョウにだっ
て自分をいとおしんで生んでくれた母親がいる。
 何もないのは……自分だけ。母が与えたのは、忌むべき蒼い色と憎悪だけ。
「こんな街、どこに守るだけの価値があるんだよ?! ぼくらが地べた這いずり
回ってる間に金持ちだけが一方的に楽しむこんな街はいらないっ!!」
「だからって、爆弾があるのを見捨てるのか?! あれが爆発したら」
「お坊ちゃん。そうやって偽善者ぶるのはどんな気分がする? アンタは飢え
も渇きも、泥水にまみれた1フェオが宝石に見えた記憶もないんだろう?」
「僕のことは今はいい! それより……」
「哉人、何でそんなこと言えるの? 精一杯生きてるこの街の子供達がまだ苦
しんでも、哉人は平気なの?」
 絵麻が口をはさんだのは、追い討ちをかけたようだった。
「苦労しらずのお坊ちゃんお嬢ちゃんがたと組む気はないね」
 フンと鼻をならすと、哉人は人ごみの中へと歩き去ってしまった。
「哉人っ!!」
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