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「……はあっ、肩こっちゃった」
 部屋を出て、角を曲がるなり唯美がこきこきと肩を回す。
「Mrの前だとうかつに欠伸もできないもんな」
「しっかり斜に構えてたくせに」
「……うるさい」
「そういや、お前ら昼メシは?」
 シエルは食べていない。
「食べてないよ?」
「おれも」
「まだ時間あるよな。みんなで食堂行かねえか?」
 PCの本館には食堂があって、第8寮の面々は昼食をそこで食べることにし
ている。
「構わねーけど……」
 そんな話をしながら階段を降り、各館につながっている1階の渡り廊下まで
来た時だった。
「唯!」
 鈍い金髪をポニーテールにした、そばかすの浮いた少女が唯美を呼び止めた。
「ミリィ」
 唯美が足を止める。
 ミリィと呼ばれた少女は、にこっと笑って持っていたドリンクを掲げた。
「課長の奥さんがサンドイッチ差し入れてくれたの。食べに来るでしょ?」
「あ、ホント? やったっ」
「唯美ちゃん、知り合い?」
「? ああ、ミリィは機密工作課の仕事仲間なの」
 唯美は機密工作課所属。仕事仲間ということは、この少女も諜報員という事
だ。
「コードネーム『ミレニアム』よ。本名は言えないけど」
 ミリィは茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。
「へー……」
「そーゆーことだからアタシ、機密工作課行くわ。また夕方にね」
「おお」
「バイバーイ」
 唯美はミリィと連れ立って、元来た方へ引き返して行った。
「じゃ、4人か」
 その時、2つの方向から同時に声がかかった。
「海軍曹」
「アテネちゃん」
「?」
 封隼が、アテネがそれぞれの方向に振り返る。
 封隼を呼んだのは、やっと成人したくらいの小柄な体に、軍服をまとった少
年だった。
「ジュネス上等兵」
「曹長がお呼びです。至急、演習グラウンドまで来るようにと」
「わかった」
 封隼は言って、目線だけでシエルたちに詫びると自衛団の演習グラウンドの
方に駆けて行った。
 アテネを呼んだのは2、3人の、看護婦とおぼしき女性たちだった。
「仕事、慣れた?」
「はい。何とか」
「昨日注射失敗したんだって?」
「あ、えっと……はい」
「しょーがないな。特訓したげるからこっち来なさい」
 アテネも引っ張られるようにして、シエルと哉人から離れて行く。
 その場にはシエルと哉人の2人だけが残された。
 2人に声をかけてくる者はいない。
「哉人、友達いねーの?」
「……そっちこそ」
 2人の間を寂しい風が駆け抜けて行った。
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