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4.記憶の淵

 天からぐるぐると回転して落ちる感触……。
 絵麻が目を開けると、そこは一面ブルーに染まった世界だった。
 空の中。あるいは、海の底。
 大きな『何か』がうねる感覚が、絵麻に伝わってくる。
 海流に流されて漂う感触。
 空の中で風に吹かれる感触。
 絵麻の中に、『何か』が流れ込んでくる。
(何、これ……)
 体を満たす、大きな流れ。
 冷たくって、優しい……。
 絵麻は流れに身をまかせるように目を閉じた。
 とたんに、脳裏にいくつもの場面が展開しはじめる。
(え?)
 脳内の細胞が一気に破裂したように、頭の中が場面でいっぱいになる。
 絵麻は無意識のうちに、その場面のひとつをのぞきこんでいた。

 そこは、病院の集中治療室だった。
 ベッドの上に、全身をチューブと配線とでつながれた少女が眠っている。
 短く刈られた髪。血の気を失い、薄くなった頬。
 口には軛のようにチューブが噛まされている。
 そのチューブと同じようなものが体中につながれ、何種類もの薬品が注が
れている。
 配線の先にある心電図の規則正しい音が、静かな部屋を満たしていた。
 少女の容体がよくないのは明らかだった。
 容体がよくないというのではない。
 体につながれたチューブや配線の先の機械に生かされている……そう表現
するのがしっくりくるだろう。そのくらい、少女の顔には生気というものが
ない。
 少女の枕元では、やつれきった中年の女性が泣き叫んでいる。
「絵麻、絵麻! 目を覚ましてちょうだい!!」
 中年女性はもう何年も姿を見なかった、絵麻の母親だった。
 その女性の傍らに姉の姿があり、懸命に母を慰めている。
「母さん。母さん、泣かないで」
「泣かずにどうしろっていうの? 絵麻が襲われてしまって……」
「私のせいなの」
 結女は沈痛な面持ちで言った。
「私が、TVタレントだから。だからストーカーなんかが家に入ってたのよ。
絵麻は私の身代わりになって……」
「結女、仕事はいいの?」
「まだ時間があるから。時間があるうちは、ずっと母さんと一緒にいる」
「結女はいい子に育ったね」
 母親は、いとおしむように結女の夜のような黒髪を撫ぜた。
 結女が嬉しそうに微笑む。微笑んで、すぐ悲しげな表情に戻る。
 母親はじっと、眠り続ける絵麻に視線を落として。
「……家にストーカーが入ってるなんて、なんて危ない仕事なんでしょう。
 結女も絵麻も悪くなかったのにね。可哀想にね……」
 母親の手が、眠る少女――絵麻の薄くなった頬を撫ぜた。
 結女も悔やむような表情で。
「本当だったら襲われたのは私だったの。
 私の私物を盗もうとしたストーカーが家に入ってるなんて考えもしなかった。
そのストーカーが顔を見られて逆上して絵麻の首を絞めるなんて……」
 結女はわっと両手に顔を伏せた。
「結女」
 母親がそっと背に手をかけてなぐさめるが、結女は泣き止まない。
「結女、結女は悪くないわ」
「本当……?」
「ええ。だから泣かないでちょうだい。絵麻も悲しむわ」
 結女はハンカチを出すと、ごしごしと目元をぬぐった。
 ハンカチに隠れた口元が、誰にも見えないところでにやりと笑みの形に歪ん
だ。
 そこで、場面がぱちんと切り替わった。
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