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 カノン=リュクルゴス。
 数カ月前に武装集団の襲撃に巻き込まれて死んだ、絵麻の親しい友人。
 カノンは絵麻を認めると、生前とまったく変わらない明るい笑顔を見せた。
「カノン……カノン!!」
「カノンだって?!」
 翔が振り仰いだときには、カノンの姿はもう岩の向こう側に消えていた。
「カノン!!」
 追いかけようとする絵麻を、慌てて翔は抱きとめる。
「絵麻、あれはカノンじゃない」
「カノンだよ! わたしに笑ってくれた。前とおんなじに!!」
「カノンはもう死んだんだよ!!」
 語調の荒いその言葉に、絵麻は一瞬うたれたように肩をこわばらせたが、や
がて翔をにらんだ。
「……死んだ人が平然と戻ってこれるのだとしたら?」
「絵麻?」
「わたしだって、あの時に死んだんだよ? 不思議に思ってた……。どうして
わたしがここにいるのか。どうして生きてるのか」
「それは……」
 口ごもった翔に、絵麻は一気にまくしたてた。
「死んだ人は戻って来れるのだとしたら、全部つじつまがあうじゃない。カノ
ンだって戻って来たんだよ!」
「絵麻、頼むから落ち着いてくれ! 戻ってこれるのだとして、何で今ここに
戻ってくる? カノンがいたのはバーミリオンで、こんな北部じゃない」
「わたし、カノンを迎えに行って聞いてくる!」
 絵麻は翔の手を振り払うと、岩陰に駆けていった。
「! 絵麻!!」
 翔は手を伸ばして絵麻をつかまえようとしたのだが、一瞬……ほんの一瞬だ
け早く絵麻の方が擦り抜けてしまう。
「行くな! 絵麻!!」


 先の岩陰に、ちらちらとカノンの鈍い金髪が反射している。
 絵麻はそれを目印に、心臓が破れそうになるほど走るスピードを上げた。
 カノンにもう1度会える。
 自分が何なのか、どういう存在なのかを聞ける。
 カノンなら、きっと自分の中途半端な気持ちをわかってくれる……!
 カノンの金髪は何度も何度も岩陰を移動し、その度絵麻は標的を見失わない
ように必死になって走った。
「ねえ、待ってよカノン! 追いつけなくなっちゃうよ!」
 何度か声をかけたのだが、前方からはくすくすといった笑い声が返ってくる
だけでカノンは速度を緩めてくれない。
「逃げる必要なんかないのに……」
 何分くらい追いかけただろうか。何十分かもしれない。
 道が開けたところで、やっとカノンは止まってくれた。
「カノン」
 友達の後ろ姿に、絵麻は安心して、パワーストーンとの同調を解いて近づく。
「カノン……わたし、あなたに言いたいことたくさん……」
 見殺しにしてしまってごめんね。
 全然強くなれなくてごめんね。
 たくさんのこと、教えてくれてありがとう。
 カノンに伝えられなかった言葉はたくさん。
(どれから伝えようかな……)
 金色の三つ編みに触れられそうなほど近づいた時、ふいにカノンが言った。
「平和姫ピーシーズ」
「え?!」
 びっくりして、絵麻はその場であとずさった。
 絵麻をこう呼ぶのは……。
 カノンがゆっくりと振り向く。
「くすくす……やっと捕まえた」
 鈍い色の金髪が、緑の瞳が、エプロンドレスが……どろどろと崩れて行く。
 あまりの光景に絵麻は呆然としてしまい、動けなかった。
 カノンの姿をしていたものは、半分強の大きさになってようやく崩壊を止め
た。
 金髪の下から出て来たのは、お団子に結い上げられた黄色の髪。
 緑の瞳の下にあったのは黄色の瞳。
 エプロンドレスをはぎとった下にあったのは、武装集団の黒衣の軍服。
 額に黒水晶をつけた幼い従者が、絵麻を見てにこりと笑った。
「カノンじゃないよ、ティッシーだよ♪」
「!」
 額に黒水晶をつけた、黒い軍服の人物。
 絵麻には見覚えがあった。
 自分を『平和姫』と呼ぶ人物。
 自分の目の前で、カノンを殺した人物。
 アレクトと、メガイラ。
 目の前のこの子供は、その2人と同じ格好をしている……。
「あなた……誰?」
 後ずさりしながら、絵麻は聞いた。
 子供はくすくすと笑って。
「ティッシーはティッシー。パンドラ姫の遊び相手。エウメニデス=ティシポ
ネ」
「パンドラ……エウメニデス?!」
「姫に言われてね、平和姫を迎えに来たの」
 ティシポネは無邪気に笑うと、絵麻の手を取った。
「行こう? ゲームの時間だよ」
「ゲーム?」
「『平和姫殺人遊戯』」
 ゾッとするほど無邪気に言われた言葉が、絵麻の耳に響いた瞬間。
 ずしりと、鳩尾に鈍い衝撃が走った。
「え…………?」
 かくん。体から力が抜ける。
 意識が、ゆっくりと遠くなって行く。
 パワーストーンとの同調を解いてしまっていたのが、絵麻にとって最悪だと
言えた。
(何、これ……わたし、気を失うの?)
 抗おうにも、体が重くていうことをきいてくれない。
(お祖母……ちゃん……)

 ドサッ……。

 絵麻の体が荒涼とした大地に崩れ落ちる。
 ティシポネはそれを冷ややかな目で見届けると、彼女の背に触れた。
「姫ー。ティッシー平和姫捕まえたよー。お城に戻してくれる?」
(わかった。よくやったわね)
 ふいに響いた、狂女の声。
 同時に絵麻とティシポネの周りに闇が生じ、2人を包みこんだ。


「絵麻?」
 翔がその場にたどり着いたのは、全てが終わった後のことだった。
「どこに行ったの? 絵麻、絵麻?!」
 焦ってその場を歩き回った翔のつま先が、何かを蹴り上げる。
「?」
 金属製のそれに、翔は見覚えがあった。
 それは絵麻が普段、髪をとめるのに使っているピンの片方だった。
「絵麻…………?」
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