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 第8寮は1階が全員の共同フロア、2階が各自の個室という間取りになって
いる。
 階段を昇ると吹き抜けの回廊になっていて、左右に廊下が伸びている。右側
の、下でいうリビングと台所の上が男子の部屋。反対の左側、シャワー室や病
室があるほうの上が女子の部屋だ。
 リョウの部屋は両側に3つあるドアのうち、いちばん手前の部屋だ。
 普段はカルテなどが机に散らばり放題なのだが、朝のうちに絵麻が片付けた
ばかりだったので、部屋はすっきりとしていた。
 ベッドカバーはベージュで、机の上には分厚い医学書と一緒にマニキュアの
小瓶が並んでいる。
 その向こう側の壁に、端が焼け焦げた写真が1枚、ピンで留めてあった。
「えっと……確かこの引き出しでよかったよね」
 リョウはとりあえず全員に座るように言ってから、チェストの引き出しを探
し始めた。
「あ、あった。こっち来て見てくれる?」
 目当てのものをみつけたらしく、リョウはチェストの引き出しをひとつまる
ごと引き抜くと、ベッドに座っていた絵麻とアテネの間に置いた。
「わっ」
 アテネが目を輝かせる。
 そこにはデザインの違うピアスが何種類もおさめられていた。ピアスだけで
はなく、髪飾りや指輪もある。
「これ、全部リョウの?」
 のぞきこんだ唯美が聞く。
 来るのは嫌がっていたのに、装飾品の類いは嫌ではないらしい。このあたり
は女の子と言うべきか。
「うん。ピアス集めるのが好きで、他にも可愛い髪飾りとか見つけるとついつ
い手を出しちゃって」
 病院でアクセサリーは禁止なんだけどと、リョウは苦笑いした。
「さわっていい?」
「いいよ」
 アテネが尊い宝物のようにピアスを1つ1つ取り出し、光にすがめる。
 リリィも楽しそうに引き出しの中身をあれこれと見ている。
「あ、このピアス可愛いな」
 絵麻は中にあった、天使の羽をかたどった銀のピアスを取り出した。
「いる? いるんならあげるわよ?」
「いいの? ってわたし耳に穴あけてないから無理なんじゃ」
「何ならあけてあげようか? 人生変わるっていうよ?」
「人生……」
 その時、ふっと絵麻の心の奥底を忘れていた何かが掠めた。
(?)
 忘れている何か。何か大切なことのはず……。
 その時、リリィが装飾品の中から、対になった大振りのヘアクリップを取り
出した。
 プラスチックでできた、透き通った青いヘアクリップ。
「・・、・・・・・・・・?」
「あ。それいいかも」
 リョウが受け取って、装飾品の箱に夢中になっていたアテネの耳元へぱちん
ととめる。
「やっぱり。似合う似合う」
「?」
 リョウはもう一方の側にもヘアクリップをとめると、手をうって喜んだ。
「唯美、棚の上の鏡取ってくれる?」
「これ?」
 鏡を取ってもらうと、リョウはアテネにそれを見せた。
「ほら、似合うでしょ?」
「わあっ」
 アテネの目の色の、ブルーのヘアクリップはほとんど同じ色で。
 それはアテネのプラチナブロンドに、とてもよく映えて似合っていた。
「可愛い。こんなのどこで売ってたの? すっごく可愛いよ♪」
「それ、あげるわ」
「本当に?!」
 アテネが目をきらきらさせる。
「どっちにしろ、あたしにはとめる場所がないもの」
 リョウはガイアの女の子には珍しい短い髪の持ち主だ。絵麻のようなピンな
らとめられるかもしれないが、大振りのヘアクリップとなるとさすがに無理が
ある。
「うわー。ありがとう!」
 心底うれしそうにして左右のヘアクリップに触れると、アテネは笑顔になっ
た。
「とめられないのにどうして買ったのよ?」
「昔は髪が長かったのよ」
 いぶかしがる唯美に、リョウはそう説明した。
「唯美は? 何か欲しいのあったらあげるけど?」
「アタシはピアスよりもペンダントのが欲しいかな……首からかけるやつ」
「ペンダントか……あたし、ペンダントにはそんなに興味ないのよね」
 底のほうから2つ3つ取り出したところで、ふとリョウの視線が絵麻に向い
た。
「絵麻が綺麗なペンダント持ってなかった?」
「え?」
 突然話を振られ、絵麻ははっとなる。
「ほら。綺麗な青い石のついた」
「これのこと?」
 絵麻はポケットを探ると、青金石ラピスラズリのペンダントを取り出した。
 きれいな銀細工の中央に、宇宙の青を凝縮したような青い石が抱かれたデザ
インのそれは、絵麻の祖母の形見だった。
 同時に、絵麻のパワーストーンでもある。
 夕方の弱くなった光を弾いて、ペンダントは絵麻の手の中できらきらと輝い
た。
「キレイねー……」
 アテネがおずおずと手を伸ばし、自分の手のひらの中に落とす。
「お祖母ちゃんの形見なの」
「絵麻ちゃん、お祖母ちゃんがいるの?」
「もう死んじゃったの。だから、それが1つだけの形見。壊さないでね」
「わかった」
 アテネは光に透かしたり、うらっかえしたり、金具部分をはずしたりといろ
いろやっていたのだが、やがて1つの質問を絵麻にした。
「どうしてつけないの?」
「え?」
「だって、お祖母ちゃんの形見なら大事なものでしょう? 大事なものなら身 
につけとかないとなくなっちゃうよ?」
 アテネがペンダントの金具をはずし、両手で鎖を持つ。
(あ……)
 絵麻はふいに強烈な覗視感を感じ、身をすくめた。

―――これ、返して欲しかったのよね。

 唇を歪めて笑う、美しい姉の姿。
 その直後におそった、首を絞められるあの感覚……。
(そうだ……あの時わたし……!!)
 絵麻は全身を硬直させた。
 アテネから逃れるように、じりじりと後ずさる。
 が、それに気づかず、アテネは絵麻の首にペンダントをかけてしまう。
「ほら、こんなに似合……」
 アテネは言葉を最後まで言い終えることができなかった。
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