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  光の洪水が収まった時、絵麻はここ4日間でそれなりに見慣れてきた家具の
あるリビングに帰ってきていた。
「……戻った?」
「あーあ。久しぶりに帰って来た」
「4日ぶりだな」
「そっか。3人とも離れてたんだよね」
  思いきりのびをしている哉人たちを見て、リョウが思い出したように呟く。
「そうだよね。お腹すいちゃった」
「え?  さっき食わなかった?」
「唯美たちはいなかったじゃない」
「何か食べたの?  アタシ達が苦労している間に?!」
「……作ろうか?」
  険悪になりかけたムードを察して、絵麻は思わず割って入った。
「?」
  唯美の漆黒の視線が、絵麻に向けられる。
「作れるの?」
「うん」
  訝しげな唯美以下、いなかった3人の疑惑を晴らすように翔が続ける。
「絵麻のごはん、美味しいよ。保証する」
「……なあ、オレ達がいなかった間に何があったんだ?  話が全然見えてこな
いんだけど」
「?  信也かリョウに聞いてない?」
  向けられた視線に、リョウが首を振る。
「ううん。話すヒマがなかったの。町の被害が0だったって言っても、町のP
Cに報告して市民の誘導とかはしてたからね」
「こっちもそれなりにモンスター退治はしたからな。腹減ったかも」
「信也もお腹すいたの?」
「あ、僕も」
  喜々として手をあげるのは翔。
「じゃ、夜食でも作ろうか」
  絵麻は台所に足を向けた。
  すっかり慣れたその足取りを、いなかった3人が不思議そうにみつめる。
「なじんでる……」
「なあ、あの子何者なんだ?  亜生命体じゃねーの?」
「じゃ、夜食作ってもらう間に説明しようかな。台所に行こう?」
  翔が3人を促す。
  結局、7人とも台所に来たので、広かった台所がいささか狭くなったように
思えた。
(席が多かったのはこういう理由だったのか)
  かぼちゃを1センチくらいの厚さに切って耐熱皿に乗せ、レンジで加熱する。
その間に肉とたまねぎを薄切りにして、フライパンで炒めはじめた。
「で、結局どういうわけ?」
  目の前の4人用の席に、翔と前はいなかった3人のメンバー。その横の4人
用の席にリリィ、信也、リョウの3人が座って、話を始めている。
「僕が西部に行ったのは知ってるよね?」
「当然よ。だって、同じ日に出たじゃない」
「で、僕が血星石を探してたところに、落ちてきたのが彼女」
「落ちて来た?」
  3人が目を見合わせる。
「……どうやって?」
「唯美の同族だとか?」
「まさか。髪も目の色も違うもん。アタシと同じわけないじゃない」
「んじゃ、どうやって?」
「別の次元からきたみたいなんだ」
「?!」
  真顔の翔と、ぎょっとした顔の3人との視線がかちあう。
「翔、それマジで言ってんの?」
「だましてんじゃないだろうな?」
「至って本気なんだけど」
  翔が左頬をかく。
「……仮にホントだとしてさ、何でその別次元の人物がここで平然とメシ作っ
てんの?」
  シエルの指先が、オーブンの温度を調整していた絵麻に向けられる。
「僕がブラッドストーン持たせたら、吸収しちゃって。分離する方法が見つか
らなくって、しばらくここにいてもらったの」
「そういえば、血星石どうなったの?」
「とりあえず分離はできたみたい」
「?」
「どうやったの?」
「切って出したってところかな」
「……?」
  翔以外の全員の顔が疑惑一色に染まる。
「何をやってたんだ?」
  信也の問いかけに、翔は要点だけをかいつまんだ説明をした。
「実は、パンドラに遭遇したんだ。それで僕らやられちゃって」
「?!」
「大丈夫だったの?!」
「えっと、僕は木の幹に叩きつけられて、リリィは闇に打ちすえられて、絵麻
はお腹のところばっさり切られて」
「全然大丈夫じゃないじゃないか」
「リリィ、平気?  平気?」
  慌ててリョウが、リリィの身体を診る。
「・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」
「ホントだ。全然傷になってない」
「絵麻は?」
「わたしも大丈夫。切られた時は死ぬかと思ったんだけど」
  あらためて腹部をみつめるが、切り傷はおろか、血の跡さえ見当たらない。
「ホントの話?」
「うん。その証拠に、もう振り子が反応しなくなってると思うんだけど」
  翔に言われて、リリィが緑と紫からなる結晶の振り子を取り出す。
  空中に下げられた振り子は1点でぴたりと止まり、揺れることも動くことも
しなかった。
「あ。ホントだ」
(よかった)
  絵麻は安堵して、オーブンからこんがり焼けたかぼちゃのチーズがけを取り
出した。
  パンを切って、適当なお皿に盛り付ける。
「はい、できたよ」
「待ってました。じゃ、一旦停止ね」
  翔が料理ののった皿に手を伸ばす。
「熱いから、気をつけてね。今コーヒー入れるから」
「……ホントに慣れてるな」
  フォークを配り、全員にコーヒーを回してから、絵麻は空いていたリリィの
前の席に腰をおろした。
「あれ、大丈夫なの?」
  リョウが不思議そうな声をあげる。
「うん。もう平気」
  絵麻はコーヒーのカップを手に取った。
  湯気の向こう側で、リリィが微笑んでいるのがみえる。
  リョウは信也と顔を見合わせて、しばらく不思議そうにしていたのだが。
「ま、いいんじゃない?」
  信也の一言であっさり決着がついた。
「険悪なまんまじゃやばいけど、仲がいいんならそれに越したことないさ」
「それもそうよね」
  リョウは言って、目の前の皿の料理を一口食べた。
「わ、やっぱりおいしいね」
「かぼちゃにチーズかけてあるだけなのにな。何でこんなに美味しくなるんだ
ろ?」
  そう言っている翔の皿は半分ほどカラになっている。
「中にお肉とかたまねぎとか入ってるからじゃない?」
「単純なのに侮れないなー……」
  そんな話をしながらも、3人はフォークを動かし続けていた。
  みるみるうちに料理の面積が皿の面積に狭められていく。
(よかった。これだったらもう少し作ってもよかったかも)
  絵麻がそんな事を考えた時。

  RiRiRi…………

  台所に、電話のコール音のような音が響いた。
「?」
  音のした方向に視線を向けると、ちょうどリビングとの境の戸口付近の壁沿
いの棚に、CDショップの視聴機のような装置がある。
  音を発しているのはどうやらその装置らしかった。
「あれ、通信?」
「でようか」
  いちばん近い位置にいた信也が、片耳にだけあてるインカムをつけてボタン
を押した。
「受信しました。こちらPC第8寮です。どうぞ?」
『その声は……信也くんですか?』
「誰?」
『ユーリですよ。まだ声を覚えてもらえないんですね』
「ユーリ」
  信也の一言で、通信相手が辺りにわかる。
「ユーリ?」
  聞いたことのない名前に、絵麻は疑問符を浮かべた。
「あ、絵麻は知らないのか。ユーリっていうのは……」
  翔が説明しようとしかけたのだが。
「翔」
  信也の声が遮った。
「?  何?」
「かわれって」
  信也がはずしたインカムを翔に手渡す。
「僕?」
  インカムをつけて、翔が話しはじめる。
「かわりました。翔です。どうぞ?」
『帰って来たところを申し訳ないんですが、今すぐ出てきてもらえませんか?』
「今すぐ?」
『その時、リリィちゃんと……後1人連れて来てください』
「!」
  翔は思わずインカムを押さえた。
「後1人って、誰を?」
『とぼけないほうがいいですよ』
  計り知れない、ユーリの声。
『あの時、貴方たちと一緒にいた“1人”を連れて来てください』
「……」
『5分以内にお願いしますね。あと、血星石もお願いします』
  言いたいことだけ告げて、ユーリからの通信は終わった。
「ユーリ、何だって?」
「……今すぐ来いって」
  翔は規定の位置にインカムを戻しながら答えた。
「疲れて帰ったのにいきなり報告?」
  シエルが顔をしかめかけたのだが。
「いや、僕とリリィと……絵麻」
「わたし?」
  突然自分の名前を出されて、絵麻は思わず声をあげた。
「怒られるの?」
「こればっかりはわかんないな。あ、ユーリっていうのは、僕らより上の人の
名前。雇い主の直属の秘書だから」
「雇い主ってことは偉い人?」
「まあ偉いんだろうな。PCの総帥だもん」
「総帥……」
  絵麻はここ最近の不安になったときの習性で、ポケットに戻したペンダント
を握りしめていた。
「・・・・、・・・・?」
「ご指名。でも、何で絵麻の存在バレたんだろ?  誰か言った?」
  絵麻がここにいる=自身の不手際なので、翔本人は誰にも口外しなかったの
だ。
「何にも話してないけど?」
「オレは存在自体知らなかった」
「絵麻が外に出たんなら話は別だけど。絵麻、あたし達がいない時に外に出た
りした?」
「ううん。ずっと家の中。今日の夕方は翔のこと迎えに出たけど」
  絵麻は首を振った。
「その時に見られたのか?」
「って、こんな町外れにユーリが張ってたとしたら怖くない?」
「そうだとしても、何でさっき、僕とリリィと一緒にいたってわかるんだろう」
  翔はひとしきり首をひねっていたのだが、やがて立ち上がった。
「とにかく行ってくるよ。そっちは血星石の回収できた?」
「これ」
  哉人がアンダースローで、何かを翔に放り投げた。
「?」
  絵麻がのぞくと、それは濃緑に赤い飛沫の散った血星石で。唯一違ったのは、
表面に幾何学模様のシールが張られていたことだった。
「封印のシール。絵麻はさわらないほうがいい。また飲み込んだら困るだろ?」
  さわろうとした絵麻の指先を、あわてて翔が制する。
「で、結局絵麻の中に入った血星石はどうなったんだ?」
「あれは……多分、パンドラにとられた」
「え?!」
「パンドラが絵麻のこと切ったんだ。で、体の中から取り出して……その後ど
うなったっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・」
「リリィは倒れてたからみてないよね。絵麻は?」
「わたしは……」
  ふいに絵麻は、パンドラの赫い瞳を思い出した。
  嘲笑う目。恍惚にひたる目。憎しみをたぎらせて爛々と輝く、血の色の目。
  姉によく似た目に光る、純粋な殺意。
「……わからない」
「絵麻も切られて倒れてたからね。ってことは僕がいちばん正気だったわけな
んだけど」
「そのアンタが、取り戻してないの?」
「……うん」
  翔はがくっと首を落とした。
「怒られ決定?」
「だな。ご愁傷様」
「せっかく4日間隠してたのにな」
「あの……あの……ごめんね。わたしのせいで」
「謝らなくていいよ」
  翔は割り切ったらしく、すぐに顔をあげた。
「元々、僕の過失だったわけだし」
「ね、だいぶ経ってるけど、いかなくていいの?」
「やば……5分って言われてたんだ」
「飛ばそうか?」
  この一連の会話の間に食べ終わったらしい唯美が、スティック状の宝石の先
端を翔に向ける。
「お願い」
「じゃ、3人その辺にかたまっててね」
「?」
  訳がわからなかったのだが、絵麻は翔の傍らに身を寄せた。
  反対側にリリィが歩み寄る。
「行くよ」
  スティックの先が空を切り、絵麻たちに突き付けられる。
  次の瞬間、みたび激しい光量が絵麻の視界に焼き付いた。
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