戻る | 進む | 目次

  言われて、シエルがおずおずと部屋に入って来た。
「……アテネは?」
「こっちよ。今眠ってるけど」
  じれったいくらいにゆっくりとした歩みで、シエルがベッドに歩み寄る。
「アテネ」
  信也が立って、位置をシエルにあけてやる。
  シエルは確かめるように、じっと妹の顔を見ていた。
「こんなになって……」
  左手が額の痣にためらいがちに伸ばされ、すぐにひっこめられる。
「もっとちゃんと撫ぜてやれよ」
  最後に部屋の中に入って来た哉人が、シエルの側に来て言う。
「でも……」
「4年分、抱きしめてやりたかったんじゃないの?」
  信也にもそう言われ、シエルはまるで壊れ物に触れるように、そっと妹の頬
をさすった。
「アテネ」
  何度も名前を呼ぶ。
「アテネ……アテネごめんな。アテネ……」
「お兄……ちゃん」
  呼ぶ声が聞こえたのか、その時、アテネがうっすらと青い目を開けた。
「アテネ?」
「お兄ちゃん……?」
  薬のせいなのか、まだ朦朧とした調子で。
  それでもアテネは目の前に兄がいるのがわかったのか、確かめるように手を
伸ばした。
「お兄ちゃん……いるの?  アテネのそばにいる?」
  シエルはぎゅっとその手を握りしめた。
「いるよ」
  唇を噛んで、目が潤むのを必死にこらえて。
「ここにいるから。兄ちゃん、アテネのそばにいるから……」
 アテネがそっと、嬉しそうに笑った。
「夢みたい。それとも、夢の続きなのかな?
  アテネ、何度も何度も、お兄ちゃんが迎えに来てくれる夢をみたんだよ」
「夢じゃない」
  実感があるように、手を強く握り返して。
「夢じゃないよ……そばにいる」
「そう。夢じゃないよ」
  リョウがそっと、アテネの顔を自分の方に向けさせた。
「わかる?」
「あなた……誰?」
「シエルの知り合いの医者。感動の再会中断して悪いんだけど、この薬飲んで
くれる?」
  リョウはどこから出したのか、小さなカプセルを差し出した。
「薬はいや……だって、またヘンになっちゃう」
  せっかくお兄ちゃんに会えたのにというアテネを、リョウはあやすようにし
て。
「この薬は平気。少し眠くなるけど、目が覚めたときにはもっと元気になって
お兄ちゃんに会えるから」
「本当?」
「ええ。ゆっくり飲んでね」
  リョウは上手く水差しを傾けると、アテネにカプセルを飲ませ、再び横にし
た。
「ね、お兄ちゃん」
  眠りに落ちる前に、アテネがそっとシエルの袖をひく。
「どうした?  苦しいのか?」
「ううん」
  ゆっくりと自分を引き込む眠気に抗うようにしながら、アテネが続ける。
「目が覚めるまで……一緒にいてね」
「わかったよ」
「今度はアテネ、約束ちゃんと守るから……」
「何言ってんだよ。約束守るのは兄ちゃんのほうだ」
「お兄ちゃん……」
  袖を握っていたアテネの手がことりと落ちる。
  その手をそっと布団にくるんでやりながら、リョウが言った。
「自白剤を無理に飲まされたみたいだけど、これで落ち着くんじゃないかな。
早く安全な場所に連れて行ってあげるのが一番だと思うんだけど」
「じゃ、血星石を急いで探して……」
  言いかけた信也に、翔が首を振った。
「翔?」
「ダメだった。武装集団に回収されてた」
「それじゃ……」
「帰ってから詳しく説明するよ」
「わかった。じゃ、唯美だな」
「はーい」
  名前を呼ばれた唯美が、部屋の中央に進み出る。
「みんな準備いいね?」
「あ、ちょっと待って!」
  絵麻はストップをかけると、慌ててベッドの横に置いた木片を取りに走った。
「?  何それ」
「いいからいいから」
  再び眠りに落ちたアテネは信也が抱えている。
  それを確認して、唯美は水晶を正面に構えた。
「いくよ!」
  光が水晶の先端に集まり、爆発、四散する。
  後には無人になった部屋だけが残された。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-