戻る | 進む | 目次

「と、こーゆーコト」
  シエルは肩をすくめると、軽快な口調で話を締めくくった。
「アテネは貧乏な障害児の妹でいるより、金持ちの貴族の娘になることを選ん
でとっとと出て行った。1人残された障害児のオレは職も居場所もなく追い出
されて、探しても探してもどこにも雇ってもらえなくて、半年ぐらい浮浪者同
然の生活してたな」
「シエル……」
「わかっただろ?  アテネはオレを裏切ったんだよ」
  そういう瞳が、悲しいくらいに青くて。
  置き去りにされた子猫のようで。
  その時、絵麻ははじめてアテネに会った時に感じた既視感の正体を悟った。
  アテネはシエルによく似ているのだ。
  くせっ毛も、青い瞳も、楽しげに笑う顔も。
「そんなの嘘よ!  あの子がお金に目がくらむなんて」
「孤児院院長様のお墨付きだよ」
「それでも嘘だよ……だって、あんなに可愛くて、あんなに無邪気な女の子が、
シエルのこと裏切るなんて……」
  貴族の屋敷の中で、人形のように部屋に閉じ込められていたアテネ。
  シエルのことを『お兄ちゃん』と呼んで抱きついた。横にいた絵麻のことが
見えなかったみたいな凄い勢いで。
  「会いたかった」と無邪気に微笑んだ。
  そして、「行かないで」と叫んだあの声。
「裏切ったんだよ。金が欲しいばっかりにな」
  シエルの言動と、アテネの言動とは一致していない……?!
「なんでそんな事いうのよ!!」
  ぷつり。
  混乱の結果、ついに絵麻の頭の線が一本キレた。
「アテネちゃん、わたしたちのこと助けてくれたんだよ?!  みつかったら自分
が貴族にひどい目にあわされるに決まってるのに。それにすごく無邪気で可愛
くて、シエルにだって『会いたかった』って泣いて抱きついてたじゃない!!  
 そんな子がなんでお金が欲しくて貴族のところに行くのよ!!  なにか理由が
あったに決まってる!!」
「・・?!」
  思い切り喚き出した絵麻を、慌ててリリィが押さえる。
  が、勢いのついていた絵麻は、言ってはいけないことまで口にしてしまう。
「それにシエルだって、シエルだっていつもお金お金って言ってるじゃない!!」
「それは……」
「シエルだって貴族と同じじゃない!  あのヘンな貴族連中と!!」
「絵麻!」
  そこまで言った時、絵麻は強い力で頬をつかまれた。
「言い過ぎだ。謝れ」
  信也が絵麻の後ろから手を伸ばして、頬をひねりあげたのである。
「信也、痛い……」
「シエルに謝れ。言い過ぎてるんだよ」
「……ごめんなさい」
  手を離してもらってから、絵麻は謝った。
  シエルのほうはいつの間にか、捨てられた小動物のような目に戻っていて。
「疲れたから、部屋に帰っていい?」
「ああ……」
  止める理由もないので、信也が頷いた。
「それと、オレこの件降りるわ。Mrにそう言っといて」
  言うと、シエルはさっさとリビングから出て行ってしまった。

「悪いことしちゃった……」
  リビングから出て行くシエルを見送ってから、絵麻は息をついた。
「疲れたのよ。栄養剤を注射してあげるから、絵麻も少し休んだら?」
  リョウが言う。
「頭冷やしたほうがいいかな」
  リョウがアンプルを準備している間に、絵麻はリリィを相手に話していた。
「でもね、本当にいい子だったんだよ。シエルが言ってた子とは全然違う。一
緒に逃げようって言った時、なんで断ったりしたんだろう」
  リリィは黙ってきいている。
「どうしてわかってくれないんだろ。あの子が裏切るわけなんかないのに。
  どうして、お金とかそういう話になっちゃうんだろう……」
  リョウがアンプルを持ってきて、絵麻に注射を打つ。
「さ、寝てきなさい」
「うん。おやすみなさい」
  時計はとっくに真夜中を回っている。
  リョウに送られて、絵麻は自分の部屋へと戻って行った。
「あたし達も休む?」
「そうするか。遅いし」
「あ、僕はまだ起きてるよ」
  みんなが立ち上がりかける中、翔だけは座ったままで言った。
「?  攻略方法でも考えるのか?」
「絵麻の話とシエルの話で大きく矛盾するところがあるの、気がついてた?」
「ああ……アテネって女の子のことでしょ?  お金が欲しくて貴族のところに
行ったのはいいけど、待ってたのは奴隷待遇だったってとこじゃないの?」
  リョウがこの件は終わりとばかりに、てきぱきと言う。
「違うんだ」
「どこが?」
「誤解……してるのかもしれない」
「何を?」
「それをこれから調べてみるよ」
  翔は言うと、位置をずらしてパソコン前に座った。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-