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 シエルは孤児院のディーンと同じで北部出身である。
  物心つく前に住んでいた町が武装集団の亜生命体(モンスター)の襲撃に遭い、両親を亡く
した。そして、さらに悪いことに、やってきた亜生命体に右腕を引きちぎられ
てしまったのである。
  大量の出血でシエルは気を失い、その場に倒れた。亜生命体は動かなくなっ
たシエルを死んだものだと思い込み、それ以上の危害を加えなかった。
  でも、そのまま放っておかれていれば、シエルは確実に死んでいただろう。
  亜生命体が去り、一昼夜が明け、惨劇の後始末にと付近の施設から何人もの
人間が派遣されて来た。
  その人達が街に入っていちばんに耳にしたのは、赤ん坊の泣き声だった。
  シエルの傍らに、女の赤ん坊がいたのである。
  すぐ側に下半身をねじり切られた女性の死体があり、哀れなその両手はシエ
ルと赤ん坊に向けて投げ出されていた。
  シエルとその赤ん坊はすぐに保護され、その場の状況から兄妹だと判断され
た。
 本当のことを調べる方法はなかった。街の資料は焼け落ちてしまっていたか
ら。
  そして2人は西北部にある孤児院に引き取られた。『シエル=アルパイン』
という名前はその孤児院でつけられたものである。
  同じように、赤ん坊には『アテネ』という名前がつけられた。2人は兄妹と
して支え合って生きて行くようにと育てられた。
  シエルは片方の腕だけで生きていくことを覚えなければならなかった。孤児
院の子供達はシエルの外見をいじめの理由にして、事あるごとに仲間外れにし
た。
  けれど、妹のアテネだけはそれをしなかった。
  いつも兄をかばって、時にはケンカまでした。
  シエルにとってアテネはたった一人の大切な妹だったし、アテネにとっても
シエルは唯一の身内で、大事な兄だった。2人でいれば何があっても大丈夫だ
と思っていた。
 孤児院が貧しくても、片腕だということでいじめられても。
  アテネは可愛らしい容姿とあどけない性格の持ち主で、孤児院という愛情の
ない場所にいながらその心を侵されていなかった。それはすぐ側に、自分を愛
してくれる兄の存在がいてくれたことが大きいのだが、周りは誰も気づかず、
アテネの愛らしい性格をほめたたえた。
  そんなアテネだから養子の話はひっきりなしにきた。孤児院としては血縁を
引き離すのを快く思わないという表向きで、実は1人でも多くやっかいばらい
するためにシエルも引き取るようにと薦めるのだが、障害者に用はないと養い
親たちはアテネだけを欲しがった。
  が、アテネも兄と引き離されることを嫌がったため、いつも養子の話は別の
子供に行くか、消滅してしまっていた。
  孤児院は貧しかった。
  ここのように、PCが運営に手をかしてくれている孤児院ならある程度まで
の保証が受けられるのだが、北の方には戦災孤児が多く、PC直営の孤児院に
入れる子供は少ない。
 多くのあぶれた子供は私営の孤児院に収容されるのだが、北は貧しい地域で
ある。
  シエルもアテネも、いつも自分より2歳は年下の子供が着るような窮屈な服
を着ていた。おもちゃなんかなかったし、食事だってほんの少し。
  けれど、気にならなかった。アテネが側にいてくれたから。
  同時に、シエルはいつかアテネを幸せにしてやりたいと思っていた。
  13歳になれば孤児院はもうその子供に責任はないとして、適当な職をあてが
うと子供を追い出す。子供はそれを契機に自分達で生計を立てる。
  自分も仕事につけば、アテネに好きなものを何でも買ってやれるのではない
か。
  他の、親のいる子供のように、幸せにしてやれるのではないか。
  シエルはそう信じていたし、アテネも同じだった。シエルが13歳になったら、
2人は孤児院を出て2人だけで暮らす。2人だけの家に住んで、ちゃんとした
服を買って、お腹いっぱいごはんを食べ、おもちゃに囲まれて暮らそうと。
『お兄ちゃんが13歳になったら、2人だけで暮らせるんだよね?』
  アテネは口癖のように言っていた。
『ああ』
  シエルも頷いて。
『一生懸命働いて、アテネに何でも好きなものを買ってやるよ。何がいい?  
洋服?  この前ショーウィンドーに並んでた、でかいクマのぬいぐるみ?』
『お兄ちゃんと一緒だったら、アテネ、何にもいらないよ』
  アテネはそう言って、シエルのひざによりかかった。この兄が腕のないこと
をコンプレックスにしていて、肩によりかかられるのがキライだということを
アテネはよくわかっていた。
  いつも袖がいちばん長い服を着て、腕を精一杯長くあるようにみせかけてい
ることも。
  2人はお互いの理解者だった。
  ずっとずっと仲良くやっていける。そう信じていた。
  シエルはゆっくりと、淡々とした調子で話した。
  気乗りしなさそうな顔からみて、あまり触れたくない話題だったのだろう。
  ただ、『アテネ』と名前を呼ぶときだけは、不思議に表情が和らいだ。
「それなのに、どうして?  どうしてアテネちゃん、貴族のところに?」
「アイツはオレのこと裏切ったんだよ」
  和らいでいた表情がたちまちこわばる。
「え?」
「貧しいのはうんざりだっていって、貴族の養女になりやがった」
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