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「そこに椅子があるから座って。今、採血の準備するから」
  リョウは言うと、ベッドの傍らに置かれた椅子を示した。
  唯美は素直にその椅子に座る。
  横のベッドには封隼が寝かされていた。
  顔色は蒼白、というより頬にあてられたガーゼの白に近い色になっていて、
容体がよくないのは一目でわかった。それでも彼の表情は不思議と穏やかだ。
  眠っている表情はいつもの無表情が信じられないほど幼い。年齢を考えれば
こちらの表情のほうが当然なのかもしれない。
  唯美の弟なら、彼はまだ13歳のはずだ。
  ふと、唯美はかけ布団の上に投げ出された腕をみた。
  普段は黒の長袖に隠れてみえなかったその腕は、想像していたよりずっと細
い。
  おまけに添え木のようなもので固定され、ぐるぐる巻きにされている。
「この手、どうしたの?」
「ああ。俺たちもさっき気がついたんだ。折れてるんだよ」
「え?」
「素手で攻撃を阻んだことが何度かあったでしょ?  その時にもう折ってたみ
たいね。何にも言わなかったから気づかなかった」
「嘘だ……」
  唯美は呆然と、眠り続ける封隼を見下ろした。
「何で言わないのよ。腕の骨が折れて痛くないわけが」
「言えなかったんだろうな。責めるつもりはないけど、お前が凄い勢いだった
からさ」
  リョウは準備を終えると、駆血帯で唯美の腕を縛り、注射針を血管に刺した。
「少し痛いけど、我慢して」
「このくらい大丈夫よ」
  唯美は力を抜いて、リョウの手に全てをゆだねた。
 注射器の中にゆっくりと、赤い血が抜かれていく。
「……治るよね」
「血があれば大丈夫。そのかわり、あんたは貧血になるかもしれないけど」
「そのくらい、全然我慢できる……」
「そうね」
  リョウは唯美から抜いた血を、点滴のパックへと移し変えながら言った。
  点滴の管を封隼の腕に差し入れ、輸血を開始する。
「これで朝までショック症状が出なければ大丈夫よ。しばらくは眠ったままだ
とは思うけど」
「ね、ここにいていい?」
  唯美は座ったまま、リョウに聞いた。
「どうしたの?」
「この子が目を覚ますまでここにいたいんだ」
「構わないけど……あんた、疲れてるでしょ?  今だって血を抜いたんだし」
「大丈夫」
  唯美は首を振った。
「目が覚めたら一番に言いたいことがあるの」
「どっちにしろ、あたしは朝まで起きてないといけないわけだしね」
「俺が見てるから、リョウは寝ろよ。疲れたろ?」
「信也だって」
「俺は夜勤だから平気。けど、リョウは明日も日勤だろ」
  結局、起きて封隼を見ているのは信也と唯美になった。リョウは休むのだが、
自分の部屋ではなくこの医務室で寝ることにした。
「それじゃ、シャワー浴びて休ませてもらおうかな。その前にあの子たちにも
う大丈夫だって言いにいかなきゃね」
  リョウは大きく伸びをするとそう言った。
「僕が行ってくるよ」
  黙って成り行きを見守っていた翔が言って、先に部屋を出て行った。
  ほどなくして、静かな部屋にリビングから明るい声が聞こえて来た。
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