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「ただいま」
  玄関でした翔の声に、絵麻はダイニングとキッチンをつなぐ扉を開けた。
「おかえりなさい」
  楽しげな笑顔をむける。
「今日はふわふわタマゴのキャベツ包みだよ。みんないっぱい食べてくれるか
ら、いっぱい作った……」
  言いかけて、絵麻は翔の表情が奇妙にこわばっているのに気づいた。
「翔?」
「話もメシも後にしてもらえる?」
  信也が言う。
「全員リビングに集めて、話通さないとな」
「……?」
  その時になって、絵麻は信也の後ろにもう1人、人がいるのに気づいた。
(黒い服……あれ?)
  黒の軍服を着た少年は、さっき絵麻が見かけたあの少年だった。
「あの……」
  絵麻の声が届くより先に、信也の大声が辺りを遮った。
「リョウ、リリィ、シエル、哉人、唯美!  部屋にいるか?」
「何?  こんな夜に何の用なのよ?」
  ひゅっと空気をきって現れた、漆黒の影。
  唯美が特殊能力……瞬間移動を使ったのだ。
「実は……」
  翔が説明するより先に、唯美の目は信也の後ろにいた武装兵の少年の姿を捕
らえていた。
「!」
「唯美?」
  漆黒の瞳に、みるみるうちに怒りの炎が灯る。
「ちょっと、なんで……なんで」
  指さす手が怒りで震えていた。
  無表情だった少年のほうもその顔を見て、驚いたような顔になっている。
「なんで武装兵がここにいるのよ!!」

「ってわけで、こいつここに置くことになったんだけど」
  あれからメンバーをそろえるのに15分。話が終わるのに15分。
  合計30分ほどかかり、絵麻が用意した夕食はすっかり冷め切ってしまった。
「ここに置く……ですって?!」
  怒り浸透の声で言うのは唯美。
「Mr.PEACE、何考えてんのよ!!  元々変人だとは思ってたけど、脳み
そ腐っちゃったんじゃないの?!」
  机にばんと手をうちつけ、こめかみにははっきり怒りマークが浮かんでいる。
「毒舌全開ねー……」
「だって、武装兵ここに置くのよ?!  武装兵と一緒に暮らすのよ?!  そんなの
できるわけないじゃない!!」
  本人を目の前にして、凄まじいまでのキレっぷりである。
  その本人はと言えば、少し離れた席に取り戻した無表情で座っている。
(さっきの人だよね?  でも、全然違うみたい)
  絵麻はリリィの横で、その少年を眺めていた。
「で、名前は何だっけ?  ホウジュン、でいいの?」
  登録用にと押し付けられた書類をなぞりながら、翔が聞く。
「ああ」
  少年――封隼(ほうじゅん)は無表情に頷いた。
「(かい)封隼」
「僕は翔。そっちから順にシエル、哉人、信也はわかってて……隣がリョウで
次が唯美。で、リリィに絵麻」
「よろしくね。わたしもここに来て短いんだ」
  絵麻は手をさしだしたのだが、その手が届く前にぴしゃんと派手な音がした。
「痛っ……」
  唯美が絵麻のさしだした手を思い切り叩いたのである。
「・・・!」
「こんな奴に手をさしだす必要なんかない」
  唯美は完全に怒った顔をしていた。
「アタシは反対。こんな奴と一緒に命預ける仕事なんかやってられない。いつ
殺されるかわかったもんじゃないもの」
「けど、PCの方についてるんでしょ?  味方じゃない」
「ホントに寝返ってるの?  フリじゃなくて?」
  唯美は意地悪く唇を歪めた。
「シエルだって反対でしょ?  報酬減るワケだし」
「えー……減るの?」
「っていうか、増えるよ」
  書類をめくりながら言ったのは翔。
「マジで?!」
「これもMrの実験って扱いになるみたい。だから報酬が出る」
「だったらオレはうかつに反対できないかなー……確かにムカつくけどさ」
「哉人は?」
「どうだっていいよ。どっかの誰かみたいに足を引っ張らなければな」
「わたしのこと?!」
「そこの2人までケンカすんなよ」
  反論しかけた絵麻だったが、信也に止められて口をつぐんだ。
「リリィはどうだ?  やっぱ反対か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・、・・・・・・・・・・・・・」
「……何て?」
「賛成でも反対でもないって言ってるよ」
「リョウは?」
「あたし?  あたしも正直どっちでもいいかな」
「まあ、そのほうが賢明かな」
  書類をめくり終えた翔が言う。
「え?」
「反対したって、これMrの命令だから逆らえないよ?  唯美も反対運動する
ぶんには構わないけど、その時はMrにクビ覚悟で直訴しに行って来てね」
「……」
  淡々とした翔の物言いに、唯美は完全にぶちキレた様だった。
「なによなによなによ!!  アタシは両親目の前でコイツらに殺されてるのよ?!
そんな奴らの仲間となんか絶対一緒にいられない。今この前で、のうのうと生
きていられるのも嫌!  何でアンタ死ななかったのよ?!」
「唯美」
  信也の低い声が、唯美のなかば悲鳴のような声を止めた。
「言い過ぎだ。謝れ」
「謝らない!」
「謝れよ」
「悪いコトしてるのはあっちだって一緒だもん。だから謝らない!!」
  唯美は乱暴に自分の席から立ち上がった。
「いい?  アタシは絶っ対反対だからね。ちょっとでもアタシのこと刺激した
ら、本気で殺るよ?」
  唯美はポケットから折りたためるタイプのナイフを取り出すと、封隼に突き
付けた。
「……」
「いいね?  武装兵」
「……」
  眼前にナイフを突き付けられても、封隼は身じろぎひとつしない。
「フン」
「あ、唯美。ごはんは?!」
「こんな時に食べられるわけがないでしょ!!」
  唯美は叩きつけるように言うと、瞬間移動でリビングから姿を消してしまっ
た。
「……」
「あいつも何を考えてるんだかなー……」
  信也はがりがりと後ろ頭をかくと、封隼に向き直った。
「で、お前はどうすんの?  ここまで来たってことはMrに従うのか?」
「……そうだ」
「じゃ、取りあえず住む場所はここの2階。部屋、空いてたよな?」
「うん。掃除してあるよ」
  第8寮には個人用の部屋が14室ある。
  2階に12室。1階に2室。このうち1階の部屋は医務室に改装されている。
  2階の部屋は半分に別れて各自の私室になっている。リビングの上が男性陣
の部屋になっていて、その反対側に女性陣の部屋という配置になっていた。
  どちらも6部屋あるので、2部屋ずつ余っている。絵麻はヒマをみて埃だら
けだった空き部屋を掃除しておいたのだ。
「それじゃこっちの上の、空いてる部屋のどっちか好きなほう使って。NON
ETの仕事は入ったら教えるから、とりあえず普通の住民らしくしといて」
「……」
「じゃ、絵麻、夕飯にしようか。待たせて悪かったな」
「あ……わかった」
  絵麻が台所に行きかけた時だった。
  封隼は自分の足元に置いてあった荷物をつかむと、あっという間に階段を駆
け上がって行ってしまった。
「……」
  突飛な行動に、全員があっけにとられる。
「どいつもこいつも何を考えてるんだか」
  信也が大きくついた息の音が辺りに響いた。
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