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「せーの……猛竜巻(サイクロン)!」
  絵麻たち3人の行く手には、黒衣の兵士たちを巻き込んだ巨大な竜巻が出現
していた。
「あ、やってるやってる」
「シエル、終わった?」
  呼ばれたのはプラチナブロンドのくせっ毛をした、青い瞳の少年。
  大きめのパーカーを無造作にはおっていて。なかなかの美形なのだが、その
長所を大きく損なっているのが右肩からだらしなく垂れ下がる中身のない袖だっ
た。
  少年――シエルは武装集団の本拠地に近い北部の出身者である。そのため幼
い時に戦乱に巻き込まれて両親と右腕とを失った。現在はNONETを片手間
に守銭奴生活を送っているが、目的は義手を作ることだという。
「よっ。こっち終わったぜ。そっちは?」
「終わったよ。唯美(ゆいみ)哉人(ちかと)は?」
「そっち」
  シエルが指さした先には、何人かの武装兵がワイヤーで縛られ、束になって
そこかしこに転がっていた。
  ワイヤーの先をやはり1人の少年が握っている。
  コーラルシーのバンダナとタンクトップにハーフパンツといった軽装の少年
だ。
  バンダナの下から鳶色の長髪がのぞき、前髪の下からのぞく目はサファイア
のような、角度で色合いを変える不思議な蒼色。
「投降する。投降するから許してくれ!」
  哀願する武装兵たちを、少年は冷めた蒼色の目でみつめていた。
  武装兵と少年とはたいして年が違わないだろう。
「無様ねえ。そうして捕まっちゃうと」
  少年――哉人が束縛している武装兵に、ダークローズのセパレートを着て、
ちょこんと野球帽をかぶった女の子がちょっかいをかけている。
  帽子の中からのぞく髪は漆黒で、瞳も髪と同じ黒で、黒曜石のようなつやや
かさを持っている。
  その瞳が、鋭い殺気を宿して武装兵を見つめていた。
「……大っ嫌い!」
  言葉が放たれた瞬間、空間が凍りつく。
  みしりと嫌な音が辺りに響いた。
「ぐあっ!」
  束縛されていた武装兵の1人が悲鳴とともに身をよじる。
  その腕はあらぬ方向に曲がっていた。
「え?」          
  絵麻は目を見張る。
  誰も何もしていないのに・・・・・・・・・・・・・、腕が曲がったのだ。
「えいっ」
  黒曜石の目の少女――唯美の声とともに、あちらこちらの敗残兵からいっせ
いに骨の折れる音とうめき声がした。
「ぎゃああ!!」
「腕が!  脚が!!」
「止めてくれ!  もうこんなことはしない。許しいくれ!!」
  あっというまに辺りは地獄絵図と化す。
  そんな光景を、唯美はどこか冷めたような、満足したような顔で見つめてい
た。
「またやってる」
「唯、その辺にしとけよ。後がうるさいから」
「え?」
  絵麻はぎょっとしたように唯美を見た。
(触ってなかったよ?)
  そう。唯美は何もしていないのである。
  なのに何で、シエルと哉人は唯美が原因だと気づいたのか?
「……特殊能力」
  翔がぼそっと呟いた。
「唯美はパワーストーン『空間』を使えるんだけど、元々東の方の少数部族の
出身で、代々特殊能力が伝わってるんだよ。いわゆるサイコキネシス」
「だからって、こんなことをしていいの?」
「いいに決まってるじゃない」
  唯美の強気な声が、絵麻に向いた。
「コイツら『武装集団』よ。悪者なのよ」
「でも、もう捕まってる。悪いことできないじゃない」
  無抵抗な人に攻撃なんかしちゃいけない。絵麻はそう言いたかったのだが。
「アタシはコイツらが大嫌いなの」
  唯美は聞く耳を持たなかった。
「母様も父様も、一族の人達も、みんなみんなコイツらに殺されたのよ?!  こ
んな奴らがいるから争いが起きるのよ」
  唯美には幼いころ、両親を目の前で武装兵に惨殺された過去がある。
  たった1人の弟ともその時に生き別れ、以降、その行方を探しているのだと。
  弟が死んだところを唯美はその目で見ていない……その僅かな可能性にかけ
て。
「……」
  唯美はふいに哀れむような目を絵麻に向けた。
「アンタにしたって、コイツらは憎むべき存在じゃないの?  
  カノン殺したのはコイツらの仲間んだから」
「!」
  カノン=リュクルゴスは絵麻の友人だった。
  故郷の鉱山が武装集団に破壊され、エヴァーピースに一時疎開して雑貨屋で
働きながら生計を立てていた。
  絵麻とは雑貨屋で知り合い、リリィと一緒に仲良くなったのだ。
  カノンは故郷の封鎖が解かれた際に弟を連れてエヴァーピースを後にし、ずっ
と延び延びになっていた愛する婚約者と結婚して幸せになれるはずだった。
  しかし、つい先日彼女の故郷バーミリオンは武装集団の襲撃に遭い、住民の
大多数が虐殺された。
  カノンも……その中に含まれていたのだ。
「……」
  今でもカノンを思い出すと少し悲しくなってしまう絵麻は黙りこんだ。
「そうだ。アンタ、少しは戦えるようになったの?」
「え?」
  話が思いがけないほうに向き、絵麻は顔を上げた。
「ロクに服が汚れてないトコみると、また翔かリリィの後ろに隠れてやりすご
したんでしょ?」
「う……」
  もちろん、図星である。
  唯美はぱんぱんと手をはたいて、口元に意地の悪い笑みを浮かべた。
「ここはもう片付いたし、よし、アタシが特訓したげる」
「……え?」
「いつまでもアンタが弱いとこっちの目的完了にも差し支えるしね。
  よし、そうと決まれば善は急げ!!」
「えっ……ちょっと待って!  わたし、ごはん作らなきゃ!  洗濯も残ってる
し!!」
「そんなのあとあと!  行くよ!!」
「ええーっ。ちょっと待ってよ。いやー!!」
  絵麻の悲鳴を残し、唯美はあっさりと特殊能力……瞬間移動をかけてしまっ
た。
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