「泣きながら寝ちゃった……って？」
　リリィの声なき声に集中していたリョウは、それを残り２人にわかるように
声に出した。
　リリィは静かに頷く。
　部屋の前で様子をうかがっていたのはリリィだった。心配になった彼女は制
止されるより早く絵麻を追いかけてリビングを出ると、そのまま絵麻が寝入る
まで廊下で様子をみていたのである。
　翔も追いかけようとしたのだが、信也に止められてやめた。絵麻は明らかに
翔に脅えていたから。
「一体どうしたんだ？　お前、何かした？」
「してないよ……本当にどうしたんだろう」
「解剖の話で、怖がらせちゃったかな……」
　リョウのその言葉に、リリィは首を振った。
「何？　怖がるようになったのは翔の話が出てから？　そういえば」
「どうしてそれがダメなんだよ？　けなした訳でもないのに」
「そうだよね……」
　リョウはしばらく思案していたのだが、ふっと顔をあげた。
「ねえ、翔」
「何？」
「気づいてた？　あの子……絵麻の首回りにあったアザ」
「知ってたよ。けど、黙ってた」
「どっからどうみても首絞められた跡だもんね……」
　錯乱状態の人間に「どうして首を絞められたんですか？」と聞くバカはいな
い。
　翔はそれで聞かなかったわけだが、リリィがそれに気づき、リョウが手当し
ようとしたことで本人が気づいていなかったそれを悟らせてしまったのだ。
「逃げて来たのか？　首を絞めた何か……誰かから」
「それ……きっと彼女のお姉さんだ」
　翔がぽつんと言い切る。
「何でそんなことがわかるのよ？」
「『わたしを殺さないで、お姉さん』
　これは、絵麻が最初に混乱した時に叫んだ言葉だよ」
「お姉さん……？」
「その証拠に、絵麻は最初リョウとリリィに脅えたでしょ？
　絵麻の年齢から計算すると、お姉さんの年はだいたい僕らと同じくらいだ。
　脅える原因に十分なり得る」
「で……いちばん警戒してなかったお前に急に脅え出した理由は？」
「何だろう……僕にもそのお姉さんに共通するものがあるってことになるけど」
「顔か？」
「冗談言ってる場合じゃない」
　茶化すような信也の意見を軽く一蹴してから、翔はさっきから書き込んでい
たノートを開いた。
「酸欠で記憶を失くしちゃったのかな？　言ってることが全然的外れ」
「記憶を失うまでの酸素濃度低迷状態に陥ってたら、今頃錯乱なんかしてられ
ないわよ。少なくとも寝たきりね」
「それじゃ、まるっきり別の世界から来た子ってことになるけど……」
　ノートの項目をたどっていた手が、ふっと止まる。
　同時に、４人は顔を見合わせた。
「まさか……ね」
「でも、その可能性が結構多め……」
　翔はつぶやくように言うと、書き込まれたノートをぱたんと閉じた。