戻る | 進む | 目次

「聞きたい……こと?」
「うん。山ほど」
 翔は深い茶色の瞳を絵麻に向けた。
「でもこっちばっかり聞くのも悪いから、1つ聞いたら絵麻も何か1つ聞いて。
答えたくなければ沈黙もOK。ただし、こっちは勝手に解釈させてもらう。
 いい?」
「うん……」
 絵麻は頷いた。
 突然切り出したわりに場慣れした交渉文句である。
 どちらの側に立っても不利がない。欲しい情報を得ることができる。
「僕は今聞いたから、そちらからどうぞ」
「あ……えっと……」
 急に振られると、言葉が続かない。
 絵麻は少し悩んでから口を開いた。
「ここはどこ? グリーンガイアって……」
「グリーンガイア国。ひとつの大陸から成り、有史からガイア王朝に統治され
る君主制国家。現在は国王ガイア18世の統治下におかれる。
 東西南北、中央の5地区に分割され、それぞれに領主と呼ばれる特権階級の
貴族が存在する。
 こんなもんでいい?」
「お前、教科書の文句そのままじゃないか……」
 横にいた青年――信也が幾分引き気味に言う。
「グリーンガイア……」
 やっぱり、絵麻の知らない世界だ。
「次はこっちね。絵麻はどうやって空中に移動したの?
 リターンボールを知ってる訳じゃない。みたところ中央人だから、超能力者
でもない」
「わたしにもわからないの……気がついたら落ちてた。
 それに、わたしは中央人じゃない。日本人よ」
「ニホン?」
 絵麻の言葉に、翔以外の3人が疑問の表情になる。
「どこの地区?」
「聞いたことないけど……俺が忘れてるだけか?」
「茶色の目と黒っぽい髪……僕らの感覚で言えば文句なしに中央人なんだけど」
「中央人は、そういう外見の人を言うの?」
「それが質問?」
「うん。聞きたい」
「さっき、5つの地区に別れているって話をしたよね? 東部、西部、南部、
北部、中央部……住んでる人は外見が少しずつ異なるんだ」
「少しずつ?」
「基本的な生態系は変わらないよ。髪と目の色……あと肌も少しかな。
 中央部出身の人は、茶色の目と黒っぽい髪って組み合わせが多いんだ。
 僕も中央人だよ」
 翔は自分の髪をつまんでみせた。
 いくらか青みがかっているが、間違いなく『黒っぽい髪』だ。
「へえ……他は? って連続になっちゃうか」
「おまけしてあげる。東部は黒い髪に黒い目で、中央部とよく似てる。
 西部は鈍い金髪と緑色の目。リリィが西部出身だよ」
 うながされ、絵麻は怖々とリリィの方をみつめる。
 部屋の中でも輝く金色の髪。切れ長の碧色の瞳……。
「鈍く……なくない? ずっと綺麗だよ?」
「何事にも例外はある。例外のあることが法則の法則である……ってね。
 個体差って物があるからさ。僕が言ってるのはあくまで基準値」
「確かに」
 日本人は黒髪である。が、茶色っぽい髪質の子も存在する。
 それと同じなのかもしれない。
「北部は淡い金髪に青い目。南部は茶色い髪に茶色の目っていうのが一応の基
準。この2人の出身地だよ」
 翔は横にいた信也と、さらに横にいたリョウを示した。
 信也の髪はこげ茶色で、目も同じ色。
 リョウはチョコレートブラウンの髪で、目の色は紫。
 ふたりとも基準とは少し違っていたが、これも『個体差』なのだろうと、絵
麻は納得した。
「こっちの番だね。絵麻の家族はどこにいるの?」
「家族……」
 絵麻は肩をこわばらせた。
「お祖母さんを呼んでたでしょ? 心配してるだろうから連絡しないと」
「お祖母ちゃんは……死んだよ」
 絵麻はぎゅっと、両手を握りしめる。
「前の日まで元気だったのに、遊びにいったら、そのときはもう……」
「そっか」
 絵麻はもっとつっこまれることを覚悟したが、翔はそれ以上聞こうとしなかっ
た。
「次は絵麻。どうぞ?」
「石って……何?」
「これのこと?」
 翔はポケットから、さきほどのシャーレを取り出すと、テーブルに置いた。
「これは“パワーストーン”だよ」
「パワーストーンって……おまじないとかに使うあれ?」
「絵麻はそういうふうに使うの?」
 翔は興味深そうに目を見張った。
「わたしは使ったことないけど、雑誌の広告とかでよく見たよ。『愛を育むロ
ーズクォーツ』とか」
「薔薇石英にそんな効力あったっけ?」
「さあ?」
「ローズクォーツっていえば、あれでしょ? 淡いピンク色した石」
 リョウの言葉に、リリィがこくんと形のいい顎を上下に振る。
「翔が知らないんじゃ、俺が知ってるはずがないよ」
「どのへんで愛を育むんだろ? 色がピンクだからかな?」
「石英ってことは水晶と同じ分類で、確か透明石の塊状……なんか知られてな
いような人の気持ちに作用するような成分が……」
 翔がうつむいて、机に置いたノートに何かを書き付け始める。
「あの……パワーストーンって、違うの?」
「あ、ごめん。脱線した」
 翔は顔を上げると、ぱたんとノートを閉じた。
「パワーストーンっていうのは、Gガイアの鉱物資源だよ」
「鉱物……資源?」
「見た目は普通の石なんだけどね。特殊な機械に接続すると電気エネルギーを
発するんだ。
あっちを見て」
 翔は入り口近くの壁を示した。
 そこには照明のスイッチらしい装置があった。一般に想像されるはめ込み型
の、パチンとやるスイッチなのだが、その横の壁には琥珀色の石が一緒にはめ
こまれていた。
「?」
 翔は立ち上がって壁際に歩み寄ると、スイッチをOFFにした。
 部屋の照明が消えるが、まだ夕刻前なので突然真っ暗という事態にはならな
い。
 だから、絵麻は琥珀色の石が壁から外れ、翔の手の中に収まるのがはっきり
と見えた。
「え……?」
「これがパワーストーン。接続するよ」
 翔は今度はスイッチには触れず、手の中の琥珀色の石だけを壁にはめこんだ。
 とたんに室内灯がつき、さっきの状態に戻る。
「あ……」
「この壁に機械がはめこまれてるんだ。最初の規格で回路は設定されているか
ら、操作はパワーストーンを取り外すだけ。簡単でしょ?」
 スイッチはパワーストーンの取り外しにだけ使われるものだったのだ。
「凄い……」
「絵麻がいた場所にはないの? どんな辺境にもほとんど普及してるはずだけ
ど」
「電気はあったけど、こんな石からは何も取れなかったよ。水力発電とか火力
発電、原子力発電……」
「それ何? どんな方法で電気エネルギーを発生させるの?」
「えっと……水力発電は水の流れでタービン回して、火力は石油を燃やしてそ
の蒸気でタービン回して、原子力は……何だっけ」
「思い出せない?」
「えっとえっと……確か核分裂とか廃燃料とかですごく危ないんだけど……」
「また脱線してない?」
 信也の一言で、2人ははっと正気に戻った。
「あ……」
「ごめん。でも参考になった」
 翔はノートに書き付けながら、笑顔を向けた。
(この人……こういうのが好きなのかな)
 その笑顔をみて、絵麻の中に漠然とした思いが浮かぶ。
「こんな感じなGガイアの鉱物資源。特に貴重品って訳じゃないから手軽に店
で買えるよ。
純度によって値段は変わるけど」
「ふうん……」
 絵麻は考えて、かねてからの疑問を口にした。
「パワーストーンを持つと、みんな……力が使えるの?」
「いいや」
 翔はノートを閉じて、真剣なまなざしを絵麻に向けた。
「今から話すのは重要機密だから、誰にも言わないで欲しい。いいかな?」
「うん」
 話す相手もいないもの。
「パワーストーンは、一般公開のデータでは鉱物資源として、特定の機械にか
けた時のみ電気エネルギーを発する物、になってる。
 けど、本当に稀に――100万人に1人くらいかな。機械を媒体にしなくて
も石に同調(シンクロ)して、力を引き出す人間が出てくる」
「力を、引き出す……?」
「その時の力は電気エネルギーに限らず、石によって様々。僕が確認できてる
のはだいたい9つくらいかな?」
「ねえ、もしかしてその力って、あの雷なの?」
 絵麻はさっきの、大熊を一撃で倒してしまったあの雷球を思い出していた。
「そういうこと。僕はどういうわけか、同調しても電気エネルギーなんだよね」
 翔はシャーレを指ではじいた。
「同調……ってことは、翔は力を引き出せる人なの?」
「そうだよ。僕らは『マスター』って呼ぶんだけど」
「マスター?」
「宝石の主人(パワーストーンマスター)。ある特定の石から力を引き出し、操ることの
できる特殊能力者のこと。
 僕はパワーストーン“電気石(トルマリン)”のマスター」
 そういって、翔はシャーレに入っていた緑色の石を取り出した。
「それがパワーストーン? 普通にしかみえないんだけど……」
「こうすれば……普通じゃなくなるだろう」
 翔は手のひらを石にかざした。
 呼応するように、石が限りなく白に近い青の輝きを放ち……それが、かざさ
れた手のひらの中に吸い込まれていく。
「あ……」
「見えた?」
「うん。青くて白い……ううん、白くて青いのかな? イナズマの色」
「見える……か。素質あるみたいだね」
 翔が手を戻すと、光は名残惜しそうに一瞬だけまたたいて、消えた。
「素質?」
「僕らと同じ道を歩いてしまう素質」
「僕ら……?」
 絵麻はきょろきょろと周囲を見回した。
「あの、もしかして、みなさん……」
「マスターよ」
 実にあっさりした答えが返ってきた。
「そうなの?」
「さっき見てたよね? あたしの石はこれ」
 リョウは袖を少し上げると、左手首を絵麻にさらした。
 さっき絵麻を驚かせたチェーン状のブレスレット……そのトップには、丸い
乳白色の石がついている。
「それが……あなたの石?」
「月長石(ムーンストーン)。能力はさっき公開済みの『回復』」
「……他のみんなも?」
「ああ。俺はこういう事ができるし……」
 信也がそう言ったとたん、絵麻の目の前に火の玉が出現した。
「いっ……」
 拳程度の大きさだが、まざれもない火の玉である。めらめら赤く燃えている。
「きゃあああっ!!」
 数秒後、絵麻の絶叫が炸裂したのはいうまでもないだろう。
「あれ、怖かった?」
「信也!!」
 リョウが傍らにあったクッションで信也を殴りつけると、火の玉は消えた。
「痛いな……何するんだよ?」
「『何するんだよ』じゃないっ! 怖がるの当たり前でしょ?!」
「慣れてる人にやるぶんにはいいんだけど……」
「慣れてないっけ?」
「初対面よ!! また脅えちゃったらどうする気なの?」
 リョウは勢い任せに、そのままクッションではたき続ける。
 が、凶器(?)がやわらかそうなクッションで、殴られる側の信也の体格が
いい(翔より背があり、肩幅も広い)こともあってほとんど痛そうには見えな
い。
 これが俗に言う『痴話ゲンカ』なのだろうか。
 クッションの下に信也の頭を押し付けてから、リョウはすまなそうな笑顔を
絵麻に向けた。
「ごめんねー。信也って、子供のころから物覚えがものすごく悪くって。
 怖くなっちゃった?」
「ううん」
 絵麻は首を振った。
「仲、いいんだね」
「幼なじみなの。信也の能力は『火』で、パワーストーンはこれ……石榴石(ガーネット)」
 クッションをどけると、うつぶせていた信也の左耳を引っ張りあげる……そ
こに3連ピアスがあった。
 銀色の小フープが2つ。一番下の、耳たぶの部分にはかすかな火の名残のよ
うな赤い石の直づけピアスがつけられている。
 その時、絵麻は気づいた。赤い光がそのピアスから発されていることに。
「これね。この赤いやつ」
 リョウは絵麻に見えるようにと、信也の耳をさらにひねりあげた。
「いたた……これは本気で痛いって!」
 信也が両手を振り回して。
「むごすぎるから、そろそろ止めたほうが……」
 翔がちょっと引き気味に制したこともあってか、リョウは手を離した。
「それで、後は……」
 絵麻は怖々と、リリィの方に視線を向けた。
 微笑しながら一連の光景をみていた彼女は、絵麻の視線に気づくと、ロング
スカートのポケットから何かを取り出した。
 一点の曇りもなく、どこまでも透き通った氷のような石。
 ラウンド・ブリリアントの形に加工されたそれは……金剛石(ダイヤモンド)だった。
 彼女はそれを手のひらに乗せると、切れ長の瞳を閉じる。
 その瞬間、絵麻は冷たい波動を感じた。
 リリィを護るように包みこむ、無色透明の冷気。
 光は見えない。
 彼女は光をまとわない。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-