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「……あれ?」
 リョウは瞳を瞬いた。
 そこは回廊だった。一定の間隔で大きな窓があるため、ここは真っ暗で
はなかった。
「リョウ?」
 振り返ると、信也がいた。
 けれど、彼だけだ。絵麻も、翔も、リリィもいない。
「他のみんなは?」
「わからない。俺も今気がついたら、リョウしかいなくて」
「嫌な感じ……」
 リョウは肩を押さえた。
「そうだ。通信機」
 信也は小型の通信機を取り出して、呼び出しの操作をしたのだが、しば
らくして首を振った。
「駄目だ。ノイズしか聞こえない」
「早く戻らなきゃ。誰かケガしてるかも……」
 その時だった。
 ヒュッと空を切る音がして、空中に大鎌が出現した。
 大鎌は一回転し、切り裂かれた空間から黒衣の兵士が現れた。
 ベリーショートの赤い髪。同じ色の瞳。
 短い前髪の下から、額につけられた黒水晶がのぞく。
 パンドラの直属配下『エウメニデス』。
 そのうちの1人であるアレクトだ。
 アレクトは信也を見ると、唇を歪めて笑った。
「何だ。まだ生きていたのか」
「?!」
「死んだ弟との再会はどうだった? 感動と後悔で涙が出ただろう」
「……お前」
 信也の声が震える。
「まさか」
「私が、あいつの負の感情を連れ出した。パンドラ様にいただいた力でな」
「それじゃ、正也を亜生命体にしたのは」
 正也の眠れない感情を弄んだのは。
 信也が、自分の半身が2度消えるのを見なければならなかったのは。
 リョウは震えている信也の腕を押さえた。
「私だ」
 アレクトはあっさりと言った。
「……貴様あっ!」
 信也の表情が歪む。
 彼は剣を抜くと、アレクトに切りかかった。


 リリィもまた、1人だった。
「絵麻? 翔?」
 不安に駆られて、回廊を走る。ブーツの踵の音が回廊に響いた。
「リョウ? 信也? どこにいるの?!」
 嫌な予感に、ぎゅっと胸をつかまれる。
 自分だけ置いていかれたのではないか。そんな不安が、心をおおってい
く。
 そんなリリィの前に、突如として黒衣の人物が現れた。
 黒い軍服の上から黒いフードを被っている。僅かにのぞくのは緑色の髪。
その下には黒水晶。瞳は伏せられていた。
 メガイラ。『エウメニデス』の最後の1人。
「あなたは……」
「おや。声が出せるようになったのですね」
 メガイラは静かに微笑んだ。
「みんなはどこ?!」
「パンドラ様を数に任せて攻撃されるわけには参りません。別れていただ
きました」
 メガイラは静かに長針を構えた。
「あなたには、ここで眠っていただきます」
「はいそうですかって頷けるほど、私はまだ人間ができていないわ」
 リリィは自分の手に、氷の刃を具現化する。
 メガイラは口元に薄い笑みを浮かべた。
「自殺したことがあるのに、何を言って」
「……何で貴方が」
 リリィは背筋を震わせた。
「私がパンドラ様からいただいたのは、記憶を読む力です」
 一歩、メガイラが踏み出す。回廊に響いた足音が、やけに大きく感じら
れた。
「これは凄い記憶ですね……思い出して後悔したでしょう?」
「……」
 リリィは無言でメガイラをにらんだ。
「本当は、嫌で嫌で仕方がないのでしょう。自分の過去を知っているのに
男と心を通わせる友人を憎んでいるのでしょう」
「……違うわ!」
 リリィは手にしていた氷の刃を、メガイラに投げつけた。


 翔は闇の中に立っていた。
「……え?」
 辺りを見回すが、真っ暗だ。
「絵麻? リリィ?」
 名前を呼んでも、反応は返ってこない。
「信也? リョウ?」
 不安になる。無意味に手を伸ばしても、その先は冷たい闇で。
「絵麻……?」
 彼女も1人でいるのだろうか。敵の前に引き出されてはいないだろうか。
 早く、彼女のところに戻らなければ。
 翔が何かの目印を求めて左右を見回した時、唐突に、目の前に少女が現
れた。
「えっ……」
 肩までの黒髪。明るく澄んだ茶色の瞳が笑っている。
 自分のよく知る絵麻に似ていた。同じと言ってよかった。
 けれど、違う。目の前の人物の持つ雰囲気は、絵麻とは全く違っている。
「……エマイユ」
「さすがね。私と絵麻を見分けられるなんて」
 呼ばれた少女――エマイユは、絵麻とは違う、落ち着いた穏やかな笑顔
を見せた。
「こんにちは。翔。現在の『守護者』」
「舞由さん……絵麻のお祖母さん、ですね」
 少女は頷いた。
「ありがとう。あの子に幸せな思い出を作ってくれて」
「幸せな……思い出?」
 翔の声が怒りで震える。
「何でですか。何で貴方は、何も知らない絵麻を器にしたんですか?!
 絵麻はガイアとは関係ないでしょう?!」
 平和な場所で育った。内戦なんか知らずに育った。
 それはガイアでみれば、世間知らずにも程があったけど。
 絵麻の持っている純粋さは、翔にはとても羨ましいものだった。
「幸せな思い出って……絵麻がいなくなるって決め付けないで。
 パンドラは僕が倒す。だから、絵麻は死なない!」
 エマイユは哀れむような目で翔を見つめた。
「あの子は、いなくなるわ」
 確信に満ちた声。
 まるで、台本があるみたいだった。既に決められているみたいだった。
「貴方の絵麻を想う気持ちが、絵麻を滅ぼす」
 エマイユは薄く微笑んでいた。
「……!」
 次の瞬間、彼女は消えた。
 闇が晴れる。そこでは今まさに、パンドラが絵麻に向かって闇を放った
ところだった。

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