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2.運ばれる命の行方

 たどり着いたその先は、荒れた大地だった。
 植物はなく、ひびわれた土地がやせた姿をさらしている。さっきまでの
青空が嘘のように暗い雲が頭上をおおい、かすんだ先に城影が見えた。
 絵麻は一度、パンドラの城に入った事があるのだが、外には出なかった。
 こんな土地に暮らしていたら、気分がふさいでしまわないだろうか?
「ここからは歩きだね」
 そう言って歩き出そうとした時、絵麻は心の中にびんと、糸が張り詰め
るような感覚を覚えた。
「……何か来る」
「え?」
 次の瞬間、突如として風が舞い上がり。
 収まった時に、薄物を優雅に風に舞わせた『不和姫』、パンドラがそこ
にいた。
「パンドラ!」
 リリィが氷の刃を具現化する。横で、信也が鞘から刀を引き抜いた。
「物騒なものを持ってるのね。平和を守るのに、武器(それ)は必要?」
 彼女はあざけるような笑い声を響かせた。
「……」
「パンドラ、もう止めよう?」
 絵麻はパンドラに話しかけた。
「終わりにしよう? これ以上巻き込んじゃいけないよ。エピメテウスさ
んだってきっと」
 その名前を聞いた途端、パンドラの赤い瞳に憎悪がみなぎった。
「……アンタに何がわかるっていうの」
 凄まじい形相でにらまれても、絵麻はひるまなかった。以前なら脅えて、
動けなくなったはずなのに。
「貴方の痛みはわからない。だけど、人を傷つけてはいけないよ」
「相変わらずいい子ちゃんね。最後には恋人まで裏切っておきながら」
「それは……」
「止めたいんなら、私のところにいらっしゃい。これるんならね」
 パンドラは高笑いする。
 その姿が消えた時、絵麻たちの周りを無数の亜生命体が取り囲んでいた。
「え……?」
 獣の姿をしたものもいる。人型をとっているものもいる。どちらともつ
かない奇形のものもいる。
 それら全てが、いっせいに絵麻たちに殺到した。
「!」
 とっさに、唯美が見えていた先へと瞬間移動をかける。
 白い光が弾けたその先にも、やはり亜生命体が群がってきた。まだこち
らには気づいていないようだったが。
「完全復活して力が増してるな……さすが」
 これだけの亜生命体を一瞬で作り出したのだから。
「どうする? 瞬間移動で一気に乗り込む?」
 それが最良の策に思えたが、哉人が否定した。
「これが押し寄せてきたらひとたまりもないだろう」
「じゃ、どうするのよ?」
「どっかで誰かが叩くしかないだろうな……」
「誰が」
「しゃーない。ぼくがやるか」
 哉人は言って、ワイヤーを引き出した。指で弾いて、感触を確かめる。
「でも、哉人は」
 哉人はパワーストーンの能力が高くない。
 水を操る能力だが、翔やシエルのように高い殺傷効果は持っていないの
だ。
「ぼくが奥までついて行ったら間違いなく無駄死にだし。命は惜しいんだ
よ」
 冷めた口調で言い放つが、本当に命が惜しいなら、一緒に来てくれなかっ
たはずだ。
「だけど……」
「あー、オレも残るわ」
「シエル?」
 全員が後ろにいたシエルを見る。哉人は目を丸くしていた。
「2人なら何とかなるだろ?」
「確かに、シエルと哉人だったら」
 シエルはこう見えて、パワーストーンの能力が高い。腕の事があるので
体力勝負には弱いのだが、逆に哉人はそちら方面で強い。
 ケンカを繰り返すこの2人が組んでいたのは、そういう側面があったか
らだ。
「最後までお前とか」
「またまた。オレがいないと寂しいだろ?」
「冗談」
 シエルはポケットからパワーストーンを出すと、一度空に放り投げた。
 落ちてきたそれを器用に受け止める。乾いた音が辺りに響いた。
「お兄ちゃん、アテネも。アテネも行く」
 側に来た妹を、シエルはパワーストーンを握った片手で撫ぜた。
「離れるなよ?」
「って、大丈夫か? アテネ連れて行って」
「お前らに預けられないだろ」
「危なくない?」
 聞いた絵麻に、シエルは笑ってみせた。
「危ないと思うんなら、とっととパンドラ倒してくれ。そうすれば多分こ
いつら消えるだろ?」
「今にはじまったことじゃないしな」
「絵麻ちゃん」
 アテネはぱたぱたと絵麻の側に寄ってくると、ぎゅっと手を握った。
「?」
 渡されたのは、青いリボン。
「お守り。絵麻ちゃん、絶対帰って来てね。一緒にクッキー作るの。約束
だよ?」
「アテネも、無事でいてね?」
 絵麻は目の奥が熱くなるのを必死にこらえた。危ない場所に、大切な人
を残したくない。
 そんな絵麻の不安をわかっているかのように、アテネは元気に笑った。
「アテネは大丈夫。お兄ちゃんと哉人くんと一緒だから!」
 その時、亜生命体がこちらに気づいたようで、迫ってくる音がした。
「早く行け。手遅れになる前に」
 哉人がワイヤーを投げ、迫ってきた亜生命体の首を落とす。
「……うん」
「じゃ、行くよ?」
 唯美が瞬間移動をかけると、7人の姿が跡形もなく消えた。
「……残された側で見ると凄いな瞬間移動」
「ノーテンキなこと言ってるなって」
 シエルが風を操り、肉薄してくる亜生命体を蹴散らす。
「アテネ、後ろにいるんだぞ?」
「はい、お兄ちゃん」
 頷いたアテネのふわふわしたした髪を、シエルはそっと撫ぜた。
「来るぞ」
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