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 ただ、何となく寄り添っていた。
 どちらからそうしたのかは覚えていない。隣に感じるぬくもりがひどく
心地よかった。
 ふいに聞こえた、がつんという鈍い音に、リョウははっと顔を上げた。
 シエルがはしご段を降りようとしていた。少し顔をしかめていたから、
バランスを崩して足を打ちつけでもしたのだろう。
「シエル? どこに行……」
 声に、彼は顔を上げた。
 そして、とびっきりのイタズラを思いついた子供のように笑って。
「お幸せに♪」
 そう言うと、さっと姿を消した。
「え……」
「って、ちょっと待て! 他のみんなは?!」
 見回してみると、誰もいなくなっていた。自分と、信也だけだ。
「あ……あれ?」
「みんなどこ行ったんだよ。捕まったらどうする気なんだ」
「ひょっとして、気を使われた?」
 未だに寄り添っている自分達2人。
「……まあ、いっか」
「いいの?」
「2人っきりは久しぶり」
 言って、リョウは信也の肩に頭を預けた。
 強く、がっしりした体。
 昔は自分のほうが背が高かった。いつの間に抜かれたんだろう? 正也
は自分より背が高かったっけ?
「……でも、行く場所なくなっちゃったね」
 仮に濡れ衣がはれたとしても、もうエヴァーピースにはいられないだろ
う。
「そうだなー……俺、考えたんだけどさ」
「何を?」
「南部に戻らないか?」
 自分達の生まれ育ったあの街に。
「けど、あそこは……」
 襲撃の後、時間をかけて街は復興された。けれど、亡くなった人達が戻
るわけではない。
 むしろ前と同じに戻った事で、いっそういなくなった人達の存在が強調
された。同じ街の同じ場所。なのに、大切な人だけがそこにいない。
 そういう世界。当たり前のこと。それなのに、空虚感はひどく2人を蝕
んだ。
 そして、襲撃の記憶はもっとつらかった。だから、2人は街を出た。生
活も荒れた。
「あの街なら、PCの南部支部とは離れてるし。考えたんだけどさ、もし
仕事見つからなかったら、家を売れば1年くらいは何とか食べていけるだ
ろ?」
「って、信也の家って昔からあの場所にあるんじゃ」
「うん……でも、リョウの家は病院だろ。設備があるところを売ったら、
医者やりたくなった時に困る」
「まあ、そうなんだけど……だけど」
 ふいに口をつぐんだリョウを、信也がのぞきこんだ。
「どうした?」
「あたしは、医者でいいのかな?」
 故郷が襲われた時、多くの動けない怪我人を見殺しにした。父母だって
あの場にいたのに、怖かったはずなのに、彼らは逃げなかった。怪我をし
た人を見捨てたりなんてしなかった。
 今日だってそうだ。突然のことに動けなくて、Mr.PEACEを救え
なかった。
 信也は少し考えていたようだったが、やがて言った。
「でも、俺は、リョウには医者でいて欲しいと思う」
「どうしてそう思うの? あたしは、人を殺しているのに」
「人を助けてるだろ?」
 封隼とアテネを治したのは、リョウだ。信也のことも、何度も助けてく
れた。それに、子供たちに健康診断をしていたじゃないか。
「そんなの……誰だってできる」
「やってる人少ないじゃん。そういう医者になればいいよ。時間かけてなっ
ていけばいいよ」
 結局、何の解決にもなっていないのだけど。
 リョウは、それでも少し救われた気がした。
「そうだ。家、売るのがいいかもな。
 そうすれば、みんなを呼べるだろ? リョウの家増築してさ、みんなで
病院やればいいよ。アテネもいるし、みんなで静かに暮らせるって」
 その言葉に、リョウは思わず笑ってしまった。
 昔から、信也は責任感が強くて、面倒見がよかった。兄弟が多いせいな
のだろうか?
 正也が自分の事をやっている時も、弟と妹の面倒をみていた気がする。
 周りからは、貧乏くじのように見えたかもしれない。だけど、弟と妹は
信也にとてもなついていた。
 そういうところが、子供の頃から、ずっと好きで。
「翔は、誘っても絵麻のこと連れてどっか行っちゃいそうね」
「あー……そうかも知れない」
 思わず2人で笑った。
 笑ったあとで、涙がこぼれた。
「リョウ?」
「本当にそうなればいいなって、思った」
 みんなと一緒にいたい。誰にも欠けてほしくない。
 もう、誰かを自分の目の前で失いたくはない。
 信也は、リョウの気持ちをわかっているのだろう。自分を抱く腕の力が、
ほんの少し強くなる。
「ねえ、信也」
「何?」
「いなくならないでね?」
「なに縁起の悪い事……」
 言いかけて、リョウの真剣な瞳に、信也は口をつぐんだ。
「あたしの目の前でも、いないところでも、勝手にいなくならないで」
 壊れそうに強い力で自分をつかんできたリョウの手を、信也はゆっくり
ほどいた。
「いなくならないよ」
「本当?」
「リョウを1人にできるわけないだろ?」
 抱き寄せられる。あたたかい確かな感触を、知っている。
「約束よ? 忘れないでね?」
「忘れないから。死んでも覚えてるから」
「だから、死んだら嫌だって……」
「泣くなって」
 たぶん強いのに、確実に弱い。だから、放っておけない。1人になんて
できない。
 みんなそうなのだ。誰の事も1人にできない。
 実の弟妹は6年前に死なせてしまった。
 けれど、仲間の存在が、なくしてしまったかけがえのないものを埋めて
くれた。
「幸せになれるといいな」
「うん」
「皆で、幸せになれるといいな」
「あたし達の幸せも考えない?」
 リョウは少し笑うと、信也に体を預けた。
「……さっきまで泣いてたのに何言って」
 指先が、頬に残った涙の跡をたどって。
「誰か戻ってきたらどうするんだよ」
「祝ってもらおう?」
「ここ、教会だぞ? しかも礼拝堂の上」
「神様に立ち合ってもらうと思えば」
「……ったく」
 信也はぐしゃぐしゃと髪をかき回していたが、結局、リョウに口付けた。
「何があっても知らないからな?」
 重なった体のぬくもりを、リョウは何より幸せだと感じていた。
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