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 時を同じくして、シエルたちは教会に来ていた。
「ワケわかんないよな……どう切り出せばいいんだ?」
 あの後、翔は全員を呼び出して、絵麻が危ないと告げた。だったらみん
なで助けに行こうと言ったリリィに、翔は重ねて叫んだ。
 ユーリも何かを知っているはずだと。絵麻が見た幻のことを確かめたい
から、孤児院のミオに話を聞いて欲しい。そう言った。
 孤児院にはいつも来なれているシエル、哉人、唯美に加えて、封隼とア
テネが同行していた。
「どう切り出すも何も、最悪実力行使でしょ?」
「いつも思うけど、お前カゲキだよな……」
「何でもいいよ! 絵麻ちゃんがいなくなるのは嫌!」
「行くぞ」
 哉人がドアに手をかける。と、中から何かが倒れる音がした。
「?」
 子供の泣き声と、大人の女性の叫ぶ声。
「やめなさい! お願いだからやめて!!」
「とめないで! メアリー、離して!!」
 切迫した声と、悲痛な叫び。
「ミオ姉さん!!」
「ミオ、お願いだからやめてちょうだい!!」
「その名前で呼ばないで!」
 おかあさんと泣く子供の声が、大きくなる。
(!)
 反射的にドアを開けた。
 入ってすぐの礼拝堂。祭壇の前で、ミオとメアリーがもみ合っていた。
 シスター・パットもいて。彼女の車椅子は横倒しになっていた。投げ出
されながら、それでもシスターは必死にミオの方に行こうとしていた。車
椅子の横で、よく似た亜麻色の髪の2人の女の子が泣き叫んでいる。
 それは、ミオが包丁を持っていたからだった。
 既に、腕に血が滴っていた。止めようとしているメアリーも何ヶ所か切っ
たようで、エプロンに赤い染みがある。
 ミオは狂ったように亜麻色の髪を振り乱すと、自分の喉元に包丁を突き
つけた。
「!」
「ミオさ……」
 止めようとするが、間に合わない。
 覚悟した次の瞬間、ふいにミオの体が吹き飛び、祭壇に叩きつけられた。
「え……」
 突然抵抗がなくなり、メアリーが呆然となる。
 哉人は倒れたミオに駆け寄ると、包丁を取り上げた。
「今、どうしたの?」
「アテネ、診察! 早く!!」
「はい!」
 にわかに慌しくなる。それに紛れて、唯美は弟の脇腹を肘で突いた。
「バカ。ミオが死んだらどうする気よ!」
「ごめん……加減したんだけど」
 ミオの体が吹き飛んだのは、封隼がとっさに念動力を使ったからだった。
 ミオが自分でつけた傷はいずれもためらい傷で、命に別状はなかった。
メアリーも深い傷は負っておらず、アテネの、普通の治療で事足りた。
 哉人と唯美が協力してシスターを助け起こし、封隼が気を失ったままの
ミオを寝室まで運んだ。双子の姉妹、ピアノとピアニシモをシエルが必死
に落ち着かせていたのだが、泣き止んだもののまだ不安そうだったので、
ディーンやケネスに来てもらった。
「そういえば、フーガってどうしてるんだ? 今日、見てないけど」
 ピアノたちの兄である少年が、ここにいない。
「フーガ、兄ちゃんたちが帰った後で、風邪ひいちゃったんだ。フォルテ
とおんなじ」
 そう報告するディーンの横で、ケネスがまるで自分が叱られたように眉
を下げて言った。
「ミオお姉ちゃん、フーガのパパにいっぱい叱られたんだよ」
「そっかあ」
 シエルはケネスの髪をぐしゃぐしゃと撫ぜて、子供部屋に帰した。
 それから、彼はシスターに向き直った。
「シスター……何があったんですか」
 シスターは蒼白な顔色で、唇をひき結んでいた。
「教えて欲しいんだ。絵麻がたいへんなことになるかもしれない」
「絵麻が……?」
「お願い! 絵麻ちゃんがしんじゃうかもしれない!」
「貴方達、一体なにをやっているの? 少しおかしいと思っていた……普
通のPC職員なのに、ユーリの知り合いだし」
 5人は顔を見合わせた。
 ここで話せば間違いなく巻き込む。しかし、話を聞かなければ取り返し
がつかない出来事が起こる。
 シエルが事情を話した。彼の言葉では足りなかった部分は、哉人と唯美
がかわるがわる補った。
「そう……それでユーリの知り合いなのね」
 聞き終えて、シスター・パットは息をついた。
「シスター。シスターも、ユーリを知ってるんですね?」
 彼女は、また息をついた。今度は何かを諦めたような響きがあった。
「ミオと、イオと、ユーリ。それから、緋牙くん。みんな知ってるわ」
「緋牙くん?」
「現在のMr.PEACEよ。本名は緋牙・天承=ボルゴグラードという
の」
 シスターの表情は硬い。どうしたのだろう。
「私はずっと、4人を見てきた。4人の幸せを願っていた。だけど、誰の
ことも守ってあげられなかった……」
 シスターはきつく唇をかんだ。
 できることなら話させたくなかった。けれど、そうすることはできなかっ
た。しばらくの沈黙の後で、シスターはゆっくりと昔の話をはじめた。
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