Love&Peace1部1章4

戻る | 進む | 目次

「深川さん。深川絵麻さん」
数日後、帰ろうとしたロッカーで、絵麻は葉子をはじめとする数人のグループに呼び止められた。
「……石井さん」
絵麻はちょっとひきつった笑顔で振り返った。
石井葉子というのは、昨日のHRで『深川結女のコンサート』を提案してきた、ここ竹島高校でもかなり派手めの女生徒である。
けっこうルックスはよく、芸能界デビューを狙っているというウワサがあるくらいだ。
それでよく絵麻にからんでくるのだが、絵麻はどうもこの女生徒が苦手だった。
姉は姉、自分は自分。姉のいない所でまで並べないで欲しい。
「なに?」
と思ってもそんなことが言えるはずもなく、絵麻は続きをうながすだけだった。
「昨日のことだけどさ、話通してくれた?」
「いや……まだだけど」
「まだ? 文化祭もうすぐだってわかってんの?」
「お姉さん、忙しくて……」
一応、事実である。
「なんで? 結女ちゃんと一緒に住んでんでしょ?」
「でも……」
一緒に住んでたって忙しければすれちがうのだ。
普通の家だって、入れ違いの生活を続ける親子は多い。
まして、絵麻と結女は一般視聴者が思うほどの仲良し姉妹ではないのである。それが葉子には通じない。
「出し惜しみ?」
葉子はすうっと、意地悪く目を細めた。
「お姉さんこんな学校に呼びたくないんだ。そうなんでしょ」
「……!」
絵麻の否定の声は、葉子のトリマキの声にかき消された。
「深川さぁん、芸能人の妹ならもーちょっとサービスしてよ」
「こんなバカ高じゃ楽しみないしさ」
「でも……お姉さんだって仕事があるし。仕事のオファーって、大体1カ月くらい前には決まっちゃうから……」
「あ、『オファー』だって。専門用語だ!」
葉子がわざと派手にリアクションする。
「芸能人でもないくせに」
「やっぱ芸能人の妹さまはトクだねー」
「ねえ、別に結女ちゃんこなくてもさ、深川さんが持ってる芸能人のサイン展示するだけでもいいんじゃない? ねえっ?」
「え……そんなの持ってない……」
竹島高校では『1−Gの深川はどんな芸能人のサインでも持っている』というウワサがまことしやかにささやかれている。が、当然ウソである。
あの結女が妹にそんなサービスをしてくれるわけがない。
「やっだぁ、またケンソンしちゃって」
「そーゆーんだからお高くとまってるとか言われるんだよ」
「でもさ、サインより結女ちゃんと深川さんくらべるショーやったほうがよくない? そのほうが絶対オモシロイし、ファンサービスにもなるよ。そのほうが、都合いいでしょ?」
葉子は無邪気そうな笑みを浮かべて絵麻の顔をのぞきこんだ。
「……」
絵麻はまだ笑んでいたのだが、その目はひきつっている。
リュックにかけられた手が震えていた。
ファンサービスなんて冗談じゃない。
確かに結女にはいい話題だ。絵麻と結女が並ぶなんてめったにないのだから。
結女の東大合格からもう半年以上経っているのにもかかわらず、この話題にはいまだワイドショーの一角を占めるだけの力がある。
けれど、自分は姉の人気を保つための道具じゃない。
道具じゃないのに……。
絵麻は気持ちがどんどん沈んで行くのを感じていた。
(お祖母ちゃん……)
手は無意識にポケットに収めた、祖母の形見のペンダントに伸びていた。
けれど……。
(……?)
けれど、そこにあったのは袋だけで、肝心の宝石の感触はなかった。
「えっ?!」
思わず大声を上げる。
「……なによ」
目の前の葉子が不服そうな声を上げるが、その葉子の存在は絵麻の眼中になかった。
「ない……ない! 嘘でしょ?!」
ポケットから袋を引っ張り出し、ばさばさ振って見るのだが、ペンダントはおろか埃さえ落ちて来ない。
なくした?!
「深川さん?」
「ついにアタマがいかれちゃった?」
「っていうか、もともとバカだって騒がれてるけど……」
葉子とそのトリマキはそんなことを話していたのだが、絵麻はそんなことにかまわず校舎を飛び出していた。
全力で走って、学校の前にある大通りを走り抜ける。この時だけは周りの視線も嘲笑も気にならなかった。
(どこにやったんだろう……)
外でも、家でもめったに出さないのだ。袋は残っているのに、ペンダントだけなくなるのなんて考えられない。
走って走って、息が切れて立っていられなくなるまで走って。絵麻は町角にあった電柱に倒れ込むようにしがみついた。
「はあっ、はあっ……」
電柱にしがみついて、喘息患者のような呼吸をする少女に周り中から視線が集まってくる。
「あ」
「おい、あの子深川結女の妹じゃないのか?」
「ほら、今そこのテレビに映ってる」
やじ馬からのその声に、絵麻ははっとして電信柱の前にあった電器店のショーウィンドーを見た。
そこには大画面のテレビが設置されていて、夕方の生番組を放送している。
その番組内で、結女がとてもきれいな笑顔を浮かべてたたずんでいた。
すらりとした見事な肢体をスカーレットのスーツで包んだ姿は、まるでバラの花のようだった。
こんな人を目の前にしたら、きっと誰だって見ただけで好感を持つだろう。
『それじゃあ《身近なお宝発掘隊》のコーナーいきましょうか。今日のゲストは深川結女ちゃんですが、結女ちゃんのお宝はなんですか?』
『はい』
テレビのキャスターの声に、結女がすっと手にしていた小さな木箱を開けた。
『これです』
スポットがあたり、その中身がきらきらと青い光を放つ。
宇宙の青さを全て集めて、そこに太陽の金色のひざしをふりまいたような宝石。
それは──絵麻が探していたあのペンダントだった。
「えっ……?!」
スタジオも、やじ馬も……そして絵麻も。全員の視線が結女の持つペンダントに釘付けになる。
(どうして……?)
『ほぉーっ、これはいい仕事してますね』
呼ばれていた鑑定士が声を上げる。
(どうして……?)
『そんなに価値のあるものなんですか?』
『価値もなにも。これだけの純結晶の青金石(ラピスラズリ)はみたことがありませんよ』
『ラピスラズリっていうんですか? そんなにすごいなんて思ってませんでした』
結女がひかえめに笑う。
(どうして……?)
『これ、どこで手にいれられました?』
『どこもなにも、ただ家にあったんですよ』
『これ……青金石自体はものすごくいいんですけど……惜しむべきはほら、ここにキズが入ってることですね』
鑑定士はさも残念そうにペンダントの台座を裏返した。
そこにあるはずの『M to E』の文字の部分には、まるでそれを消したがったような幾筋もの引っ掻き傷がつけられていた。
『これ、どなたのものなんですか?』
『私のものですよ。決まってるじゃないですか』
結女が艶やかに笑う。
「どうして……?!」
絵麻は町の中だということも忘れ、泣き声を上げた……。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 

このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-